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「ゴキブリ!」「犬畜生!」と仏敵4人組を罵倒する”宗教者”の正義

2002- 「日本専門」情報機関(日本の情報の収集と保存)
新「創価学会」を斬る【第3回】
(週刊新潮11月20日号)
http://ime.nu/senmon.fateback.com/soukagakkai/katsudou/shin_kiru03.html

「ゴキブリ!」「犬畜生!」と仏敵4人組を罵倒する”宗教者”の正義

創価学会の「正義」とは何だろうか。聖教新聞を-度でも開いてみたら、
その実像が少しでも分るに違いない。「ゴキブリ!」「ヘビ!」「犬畜生!」・・・・
そんな信じられないような言葉が、次々に登場する。
相容れない人間は、かつての仲間であろうとマスコミであろうと、忽ち狂気の攻撃の対象となる。
連載第3回は、学会が続ける他者への攻撃をもとに、
その宗教者としての本質をレポートする。

転載 聖教新聞の紙上座談会が名誉毀損で敗訴

2009-12-21
聖教新聞の紙上座談会が名誉毀損で敗訴CommentsAdd Star

初めまして。壮年部の中堅幹部をしている者です。聖教新聞の紙上座談会なんですが、
名誉毀損で敗訴していたんですね。Wikipediaに記述されていました。
4面は幹部(会長・副会長・男子部長・女子部長・青年部長)らによる座談会企画が多い。
このコーナーにおいて阿部日顕、脱会者(竹入義勝、山崎正友)、民主党、共産党等への強烈な非難、罵倒を行っている。

実際、2006年3月には日蓮正宗のある寺の僧侶から、座談会の記事内で事実ではない事柄を元に誹謗中傷・名誉毀損(法を食らう餓鬼等と罵倒)されたとし、
この座談会に出席した幹部個人に対し、損害賠償と聖教新聞本紙への謝罪広告掲載を求められた裁判で主張が認められずに敗訴(東京地方裁判所)し、
座談会に出席した複数の幹部個人(秋谷栄之助会長・青木亨理事長等)に対し、
この日蓮正宗の僧侶に対し損害賠償として計80万円を支払うよう判決が出た。

当初、創価学会側は控訴するかと思われたが、控訴せずこの判決は確定した。
この裁判敗訴の記事は聖教新聞には掲載されなかったが、一部の一般紙にはベタ記事で報道された。
宗教法人の代表者である理事長の不法行為責任が問われた裁判ではあるが、あまり世間からは注目されなかった。

(Wikipedia「聖教新聞」)

どうやら私どもは宗教的正義を掲げるあまり、不法行為にすら鈍感になってしまっているようです。
確かに「表現」の問題ともいえますが、他人を攻撃する姿には間違いなく暴力性があるように感じます。
こうした事実を皆さんはどう考えますか? 
また、こうしたことが起こらないようにするにはどんなことができるでしょうか?

http://ime.nu/d.hatena.ne.jp/kankangakugaku/20091221/p1

創価学会の麻薬ビジネス

鶴見芳浩(つるみ よしひろ)ニューヨーク市立大学教授(熊本県出身)

「小沢批判リポート」小沢一郎氏と池田大作氏とノリエガ将軍の三角関係
http://ime.nu/detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1478325134

創価学会の麻薬ビジネス
なんと、創価学会員から集めた浄財を南米コロンビア産コカイン密輸に運用!
その利益は政界工作資金として自民党リーダーに渡る!
http://ime.nu/detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1153674741

そこで、CIAに近いアメリカ人が聞かせてくれたのが、小沢氏、池田氏、そしてパナマの独裁者だった
ノリエガ将軍を結ぶ線だった。
ノリエガ将軍は、ブッシュ氏がCIA長官時代には、その手先となって、
キューバのカストロ首相やニカラグアなど中米の革命グループ攪乱に協力した。
そして、その代償として、パナマを中継地として、時にはCIAの輸送機も使って
アメリカに南米コロンビア産のコカインを輸出(?)する暴挙を大目に見てもらっていた。

もし ノリエガとの関係がまずくないのなら
なにも 池田さんはノリエガ庭園を
信者のお布施から作ったのに
壊すことも隠すこともないはずです

転載 民主党の前田雄吉・衆院議員と会ってきました

2004年 11月 26日
民主党の前田雄吉・衆院議員と会ってきました

ところが、草川昭三の地盤である愛知6区から出馬を表明した途端、突如として、創価学会からのイヤガラセが始まったそうです。
 「イヤガラセはそれは凄かったですよ。猫の死骸が玄関先に投げ込まれたのはもちろんですが、いちばん許せなかったのは、私には小学生の娘がいるんですが、
その娘を学会の青年部が取り囲んで、
『オマエのオヤジは……』というふうに威圧を加えたんです。じつは私の娘はダウン症という障害を抱えているんです。
小さな女の子であるのはもちろんですが、障害を持った人間に対して大の男がそんなことをしますか。
これがあったとき、私は絶対に(公明党・創価学会=池田大作を)許せないと思いました」(前田議員)

 このダウン症の娘さんに対するイヤガラセというか、もうこれは立派な暴力ですが、この話を聞いたとき、
私もびっくりしました。
 というのは、私自身も数知れぬほどのイヤガラセを受けてきました。
尾行やイタズラ電話、住居侵入とキリがありませんが、私自身がイヤガラセを受けるのはもうしょうがないし、
「与えられた試練」ぐらいに思っています。
 しかし、「女子供」、それも、障害を抱えた小さな娘さんにまで手を出すとは(それも大の大人の男が)、
そこまで「創価学会=池田大作」というのは卑劣だったのか、ちょっとびっくりし、憤りがこみ上げてきました。

http://ime.nu/toshiaki.exblog.jp/1369456/


自民党も大手メディアも裏で操る創価学会”鶴のタブー”の恐怖支配


2005-12-03 00:00:01 | 記事・創価学会




 「噂の真相」2004年01月別冊『日本のタブー』

 自民党も大手メディアも裏で操る
 創価学会”鶴のタブー”の恐怖支配
          藤原弘太郎(ジャーナリスト)

 ここのところ、創価学会系メディアによる、中吊り広告を介した凄まじい”対学会批判者キャンペーン”が展開されている。いわく、『新潮社の反人権とねつ造の歴史』『ガセネタ屋「乙骨正生」にまたも司法の断罪!』『「週刊新潮」による学会報道のウソ』……
 創価学会によるこうした言論攻撃は今に始まったことではなく、メディアでは、テレビ、新聞、雑誌を問わず、創価学会批判は「鶴のタブー」として恐れられているが、彼らが攻撃の矛先を向けるのは、メディアだけではない。
 一例として、一般人にすぎない東京都江戸川区に住むAさんの経験を紹介しよう。彼女が創価学会を脱会したのは92年。その二年前に夫を亡くし、娘たちと同居になった。それと同時に、近所の創価学会ブロック長(既婚者で現職の高校教師)が多い時は週に4回、Aさん宅を訪れるようになる。しかも決まって夜に、だ。娘さんはいまだ未婚。そんな家に上がり込んで、明け方の4時まで居座るのである。「可哀そうだ」──そういっては、娘たちの肩を揉んだりする。
 恐怖を覚え、玄関に鍵をかけるとブロック長は、非常口のサッシをどんどん叩く。
 ことここに至って、Aさん一家は創価学会を辞めようと決意。脱会するやいなや、今度は地域の学会幹部が4~5人の集団で押しかけてくる。制止を振り切って、勝手に居間へ上がり込んで居座る。Aさん一家への口汚ない中傷、誹謗をわめきちらすのである。
 近所には、Aは気が狂ったと触れ回り、ガス栓を細工するなどの嫌がらせ……。これがなんと1年半にわたって続いたという。
 97年初夏、Aさんは彼らに対して遂に批判活動を始める。その時実施されようとしていた東京都議選に対して、「創価学会の選挙違反を監視・告発しよう」と題された「創価学会による被害者の会」のビラを近所に配布し始めた。その途端である。全国から学会員がやってきて、Aさん宅を取り巻く。監視、暴言、暴力──ありとあらゆる嫌がらせがAさんたちを襲った。いくら警察に届けても、まともに取り合ってくれなかったというのである。
 現実にそんなことがあるのかと、読者は思うに違いない。選挙になると、どんなツテを介したのか公明党、あるいは連立を組む自民党への投票依頼電話が舞い込む。「とにかく取ってくれないか」と、学会機関紙『聖教新聞』の講読を勧誘してくる学会員のしつこさ。公立小学校に子供を入れてPTAの役員を仰せつかった。ところが自分以外、他の役員たちは昔から知り合いの様子。皆、創価学会に所属していたと聞いて”納得”したというケース。
 大方の人々にとって、創価学会(員)との接点はこの程度にすぎないだろう。勧誘の執拗さには辟易しても、ちょっとした迷惑で、家庭でも職場でも、街角や電車の中でも「創価学会の圧力」を感じることはなかろう。しかし、その実態を知れば前述したAさんのように恐怖をおぼえざるを得ないのだ。

 創価学会による言論弾圧事件

 池田大作が学会会長に就任したのは、60年5月3日。この頃、学会の世帯数は140万だった。それから10年で、その数はおよそ5倍、755万にも膨れ上がる。高度経済成長をトレースするかのような激増ぶりだった。その数はすでに800万を超え、選挙とあらば世帯数同等レベルの得票をはじき出す、まさに日本一の教団と化した。
 この組織が産声を上げたのは、1930年。牧口常三郎という教育者が興した「創価教育学会」が母体である。牧口は43年、治安維持法違反や不敬罪で逮捕され、翌年1月獄死する。このことが「戦争に反対したために弾圧された」宗教者としての神格化を呼び、現在の「平和団体としての創価学会」なる位置づけの根底に据えられている。
 戦時下の宗教統制で各宗派へ、神社札を受け入れることの強要に反発したのが牧口逮捕直接の要因ではあった。が、それは、「神社への信仰では、大東亜戦争は勝ち抜けぬ。自ら信仰する日蓮正宗に立脚しなければ聖戦は完遂できない」という、およそ平和とかけ離れた思想だったのである。
 それはさておき、順調に組織拡大が図られた学会に、ある転機が訪れる。政治評論家・藤原弘達の著書『創価学会を斬る』(日新報道)への出版妨害(69 年)である。この余りにも有名な言論弾圧事件に謝罪し(それが表面上のものでしかなかったことは、内部文書で明らかになっているが)同時に公明党と学会の政教分離を宣言して、現在に至っている。
 言論弾圧事件を最初に報じたのは共産党機関紙『赤旗』で、学会が帰依する日蓮正宗徽章の鶴をもじって「鶴のタブー」のフレーズが使われ出した。
 1960年代、拡大する創価学会にメディアは一応の警鐘を鳴らし続けてはいる。たとえば信者を獲得することで自らも功徳を受けるとする、強烈な入信勧誘=折伏が、「寝ている老人を道路に引きずり出して」行われたり、「邪宗を信じれば地獄に墜ちる」と他人の仏壇を壊したりする行動へ大手紙が批判を加えたのである。それは今や、選挙への投票依頼や聖教紙講読に姿を変え、一見、柔和でソフトな路線となり、他者、他宗教に対する批判も陰を潜めたかに受け止められている。
 だが、実際は「ソフト路線」に転換したとメディアが思い込んでいるだけなのである。もっと言えば、メディアが沈黙し、学会批判を行わなくなったためである。言い換えると、言論妨害事件を教訓化して、学会は対メディア戦略を見直し、世間に対して「危険な宗教団体」というイメージを払拭させ、さらに池田大作以下、学会活動への理解から称賛へと仕向ける方法が成功したのである。
 ある大手紙担当幹部はこう語る。「とても学会批判記事などは書けない。理由は、聖教新聞の印刷を請け負っていること。新聞業界は80年代初頭をピークに部数の頭打ちを経て衰退産業になりつつある。読者の奪い合いは、結果として多ぺージ建てとカラー化の競い合いとなり、サテライトエ場の建設に拍車がかかった。こうした設備投資には、輪転機ひとつとっても莫大なカネが必要で、コスト回収は必須の課題。機械の空いている時間に、他紙を『賃刷り』(印刷の請負)することはオイシイ仕事」
 そこに現れたのが創価学会である。彼らは自前の印刷所を持たず、しかも全国で550万部(公称)という日本3位の部数を誇る聖教新聞を発行している。この厖大な印刷は、毎日、読売の関連子会社始め、ブロック紙、県紙など全国各地の新聞社が引き受けている。もはや新聞社は、聖教新聞の印刷収入なくしては立ち行かぬ状況に追いつめられている。
 さらに別の大手紙広告担当者がこう語る。「印刷だけじゃありません。学会は、広告でも大変なお客様ですよ。月1回は聖教新聞の一面広告が出るし、『潮』や『第三文明』など学会関連出版社の広告もある。これをそう簡単にソデに出来るわけがない」
 印刷と広告──この両面から新聞社は学会に頭が上がらない、つまり”馴化”されてしまったのである。学会批判記事を頻繁に掲載していたあの『日刊ゲンダイ』にも、学会関連の広告が出始めたことが象徴的である。
 電波メディアでも、同様の事態が起きている。キー局、ローカル局を問わず完全パッケージの学会番組が持ち込まれ、放送されているのがラジオの現状。テレビでは、『母の詩』など、池田礼賛番組がキー局を除くほとんどのローカル局で放映された。新聞社の印刷収入のようなオイシイ話は電波メディアでない代わりに学会関連組織である「富士美術館」の巡回展、同じく芸能組織の「民音」コンサートなどでのタイアップで”手数料”が稼げるうま味がこちらにはある。もちろん、それら学会番組は、学会関連会社が制作するので、局のコスト負担はないし、スポンサー料も学会から入る仕組みときている。

 電波、活字メディアを制圧する創価学会

 以上のように、電波、活字を問わずメディアを制覇しつつある学会にとってうるさい相手は、雑誌メディアだった。ところがここでも同様の異変が起きている。ひとつは、学会関連記事への告訴である。雑誌を司法の場に引きずり出して、言論を封殺するのである。多額の賠償金は、出版社の台所を直撃する。その一方で、各出版社を学会幹部が訪れ、広告出稿を依頼するというアメも駆使するのである。あらゆる場所に学会員を配置する戦略「総体革命」路線によって、もっとも力を入れて育て上げた弁護士が、こういう時の出番である。要するにメディアは、”怒らせたら”怖い相手である学会に対して、否応なくその軍門に下ってしまうパターンなのだ。しかもそのタブーは、日常的に見えにくいのが特徴である。
 例えば社会的事件が起きたとしよう。主犯が学会員であることや、学会組織を通じて行われたものである場合でも、新聞記事に「学会」の二文字は、まず見られない。
 例えば、99年5月14日、東京・立川市の「創価学会平和会館」内で不倫関係のもつれから女性会員に男性幹部が刺されるという事件が起きた。本来なら学会施設という”聖域”でこうした事件が起きることの異常さをメディアは報じるものだ。ところが毎日に至っては、それを一行も報じなかった。他紙においても学会職員を「団体職員」としたり、学会に配慮したことがミエミエの記事だった。ちなみにこの事件の被害者は、聖教新聞の幹部であり、創価学会男子青年部全国副書記長の肩書を持っていた人物だった。
 ことほどさようにメディアは堕落したのである。つまり学会報道が変質する中で、学会組織そのもののタブーに挑戦する気迫なと、記者自身にも組織にもなくなった。これは企業の不祥事暴露記事を広告出稿をもって自粛させ、差し止めるのとワケが違う。宗教法人は原則、非課税だ。その団体の、大量の広告出稿じたいに疑問を持つべきで、法人としては聖教新聞が存在せず聖教紙の広告は紛れもない宗教広告であることに議論が起きないほど、タブーが貫徹されているのだ。
 もちろん創価学会のタブーは、単に広告出稿、番組提供に止まらない。彼らが最も熱心に、功徳があると邁進する選挙活動。その結果として出てくる組織票。この票シバリこそ、少数派を多数派に変身させる強力なテコとなる。
 今年11月の総選挙でも、自民党議員のほとんどが学会票のお世話になっている。とりわけ自民党単独政権崩壊以降、学会への擦り寄り、逆に言えば学会による自民党議員の籠絡はすさまじく、学会票の毒饅頭はほぼ全選挙区に行き渡った感さえある。
 メディアが学会批判、タブーへ挑戦できなくなったのと軌を一にして、自民党政治家もまた宗教法人法改正時の発想や勢いを完全に喪失している。タブーがタブーとして存在するのは、恐怖感のイメージがあるからだ。いまや全国の小選挙区で平均2~3万と言われる学会票がなければ当選できない、あるいは公明党を取り込まねば政局運営に困難をきたすと思う恐怖──。
 しかし、だ。選挙担当の政治部記者はこう冷静に分析する。「学会票はそれほど恐ろしいかといえば疑問だ。先般、参議院の埼玉補選があって自民党候補が勝った。勝つには勝ったが、1万票余のいわば僅差だ。27パーセント台の低投票率で、これしか差がつかなかった。確かに(学会の)支援はいらないと断ったら、対立候補に票を回すと脅されるだろうが、自力で戦う勇気がないから、少数派につけ込まられる」
 自民と公明の運立政権成立後、おびただしい反動立法が成立してきた。盗聴法、個人情報保護法、住基ネットワークの稼働──。公明党はそのお先棒を担ぎ、ある時は自民党が野党案に妥協する態度を見せれば、ケツまで叩いて成立に加担してきた。
 しかし彼らが最も恐れるのは、あの宗教法人法改正論議で巻き起こった「池田大作国会喚問」の再来だ。自民党議員が選挙で恐怖を抱くのと同じように、創価学会・公明党の危、機意識、恐怖感はまさにそこにある。内々の会員の前でなく、国民の前で「宗教者・池田大作」が喋らせられることへの恐れである。

 封殺された池田大作の国会喚問

 創価学会は、大量の訴訟を起こしている。しかし不思議なことに、対メディア訴訟など一部を除き、そのほとんどは法人が原告ではない。また、理事長(代表役員)が原告のケースはあっても、池田大作本人が原告のものは皆無である。では誰が原告か。圧倒的多数は、末端の会員らである。
 聖教紙は、学会(正確を期せば会員)が提訴するたびに大々的に報じるが、民事訴訟で約半分にわたって敗訴している事実は決して報じないのである。末端の会員が敗訴したところで、本体には関係なしとでもいうことなのだろう。これらは、「先生を守るために」という会員独特の行動原理から発したものといえる。
 そのために会員は、池田先生に弓ひく者、批判者を徹底的に責めたてるよう煽動、指導される。そのことでひき起こされる冒頭のような事件は、全国には山のようにある。これらの事件を国会で取り上げれば、それこそ宗教法人法の改正問題、ひいては創価学会の法人としての適格性が問われる事態となる。現に、元公明党都議が東京都を相手取って宗教法人の認証を取り消すよう求めた訴訟が進行している。
 票シバリの効用は、そんな議論を封殺するために威力を発揮する手段だろう。学会・公明党はさらに歩を進めて、メディアを立法の力で縛り上げようと腐心している。冬柴鐵三幹事長らがことあるごとに強調するのは、報道被害賠償額のさらなる引き上げと、あらたな規制法案の立案、成立だ。言論妨害事件に遭遇した故・藤原弘達は、著作の中でこう述べている。
<もし自由民主党が過半数の議席を失うことになった場合、公明党に手をさしのべてこれとの連立によって圧倒的多数の政権を構成するならば、そのときは、日本の保守独裁体制が明らかにファシズムヘのワンステップを踏み出すときでないかと思う>。
 25年前、小泉首相の親分である福田赳夫政権に年明け早々、嬉しいニュースが飛び込んでくる。公明党が党大会で、自衛隊を認知したのである。同党が、明らかに政権志向を持ち始めたのはこの時だった。70年前後まで学会は、自力で政権を奪取して、日蓮正宗を国教化することを目指していた。言論事件などで指弾を浴びた彼らは、その看板を降ろし、自民党との連携を模索し始めたのである。
 それと同時に、当時の中選挙区制の中で派閥候補に票の恩義を売って、ウラの選挙協力が行われるようになった。小選挙区制導入で力を削がれると、政治記者の誰しもが公明党の退潮を予測した。しかしその予測は外れ、ついに今回の総選挙において、自民党池田派または、自創(公)政権とも呼びうる権力の図式が完成したのである。こうしたカネと票にものを言わせた学会の「力」が、今後は一体どこに向かうのであろうか。
 公明党の政策がいかに微温的で、中途半端に見えても、その支持母体である学会は「平和」、「人権」を標榜するのとは裏腹に、非常に攻撃的な団体だ。先に述べたように、読者に投票を依頼したり、聖教紙の講読を勧める学会員は、一見優しくかつ親切だろう。しかし、もし実際に入信し、そして疑問を持って辞めると言い出せば、徹底的な嫌がらせが待ち受けているのだ。

 恐怖にもとづいた学会の組織支配

 学会は92年、日蓮正宗から破門された。これは通常の宗教紛争と異なり、本山が信徒を破門したのである。この時以来、創価学会は、本山、末寺僧侶、本山側の信徒団体に激しい攻撃を加えてきたが、その一方で「創価ルネッサンス」と称して独自路線もとり始める。本山側は収入面も含め、大きな打撃を受けることを覚悟で、学会を切った。もともと創価学会と本山は別の宗教法人なのだから破門されれば別の道を歩めばいいだけのことである。にもかかわらず本山への憎しみ、怨念は一向に収まる気配はない。この例に如実に示されるように、池田大作の意図がそうと決まれば、信教の自由などどこへやら、宗教戦争を厭わぬ組織の本性を露にする。
 いつ何時、その風向きが変わるか。多くの他宗幹部は、そのことを一番憂えている。実際、そうした宗教戦争に嫌気がさして脱会する会員もいる。が、日常生活がまともに送れないほどの攻撃を、かつて自分が脱会者に仕掛けていたこともあって恐怖感は消えない。「辞めたらどんな目に遭うのか」。おそらく創価学会最大のタブーだろう。恐怖をベースにした組織支配、いや、池田支配といっても過言ではあるまい。創価学会は、カネと票を使って、政権与党にその別働隊が食い込み、メディアを徹底的に封殺していても今なおこう考えている。「不当な言論で中傷されている、ありもしないことで批判を浴びている」。
 いつでも自分たちは被害者で、理解されない。そして、組織を拡大すれば、必ず魔物が現れ、行く手に立ちふさがると彼らは教えられ、信じ込んでいる。この理屈でいくと、いつまで経っても彼らの敵は現れ続けることになり、誰かを血祭りにあげねばならない行動原理が導き出される。恐怖を母とし、憎悪を父とするこの宗教組織の恐ろしさは、一貫して変わっていない。
 それが証拠に、池田大作が言論事件で詫びたにもかかわらず、同種の事件は次々と起きている。あの時のように、国民世論が沸騰しないのは、事件をまともにメディアが報じないからでもある。かつて新聞は、学会批判記事を掲載すると、「不買運動を起こしてやる」と脅されたものだった。しかし一月2000円弱の聖教新聞を広布のために2部、3部と買い込んでいる会員も多い。一般紙を買うほどの経済的余裕はないはずなのだ。従って、不買運動など恐れることはないのだ。
 憎悪と恐怖で形成された集団が、表向き柔和な顔をして立ち現れても、誰が信用できようか。しかも彼らは、人口比では少数派だが、組織的にはすべての面で日本一だ。輩出される人材は、中央官庁、大手企業、そして法曹界、教育界、さらに警察組織にも存在する。創価学会員であることの「会益」と、社会的な「公益」のどちらが優先されるか。
 このような選択を迫られた時、政治と宗教が別々であるなら、おそらく問題は起きまい。それに反して、創価学会と公明党のように政教一致の関係であると、何が起きるか自明だろう。現に、ドコモを舞台にした通話記録盗み出し事件において、学会員のひとりは、学会に対して批判的な人物の通話記録も盗み出していた。その明白な事実があるのに、警察は立件すらしないのである。藤原弘達がかつて予言してみせた状況は、「今、そこにある危機」として、我々の目前に差し迫っていることを忘れてはなるまい。〈敬称略〉

http://blog.goo.ne.jp/c-flows/e/c3e1b69be78975f7caf5eaea479a5621

創価学会解散勧告後、右翼の突然の襲撃

http://ime.nu/www.asyura.us/bigdata/up1/source/10364.jpg


http://ime.nu/www.geocities.jp/uyoku33/gaisen12.jpg

『右翼の行動は街宣に止まらず、迷彩が施された戦闘服に身を包んだ何人かがドーベルマン二匹を
引き連れて境内に侵入し、僧侶や職員を威嚇するなどの行為にも出ました。彼らの街宣活動には、
地元の創価学会男子部員や学会の富士宮センター職員が同行していたことが確認されています。
また、柳楽和善創価学会副会長がなぜか現場に居合わせて、右翼の街宣活動を写真におさめるなどしていました。

その日から、彼らは創価学会経営の民宿「こくさい」に泊り込み、正月も含めて連日、大石寺の周辺道路を
ぐるぐる走り回り、他宗のお経を流してみたり、軍歌を流したりという行為を続けました。
「武士の会」以外の右翼も翌日から姿を見せ、彼らは「日顕出ていけ」等の演説を繰り返して、僧侶の修行や
職員の業務に多大な影響を及ぼし続けました。まさしく、大石寺周辺は”戦争”さながらだったのです。
そんな異常な雰囲気の中で、宗門は断固として怯まず、日顕上人の決意のもとに十一月二十八日には
創価学会への破門宣告を出すに至りました。
http://ime.nu/detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1118488406

創価学会が“住民組織握れ”

2003年2月5日(水)「しんぶん赤旗」


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 町内会やPTAの役員になろう――創価学会がこんな“運動”を展開しています。名づけて「地域友好」。役員就任のすすめとも言うべき部内文書もあります。

 『今後の地域部のあり方』。

 創価学会の地域本部が作成した、総県長会議資料です。

 地域本部は会員の職業や役職に対応する学会のタテ線組織の一つ。一九九九年に発足し、地域・団地・農村・離島の各部で構成、地域社会で「『友好活動』を広範囲に推進する」(聖教新聞九九年七月六日)ことが任務です。

 同文書は「地域部員は以下の地域役職を有する人で、圏(区)地域部長が認定した人」とし、町会・自治会、商店会、老人会、PTAの三役クラス、民生委員・保護司・家裁調停委員、消防団、青少年・交通安全・体育各委員をそれぞれ「地光会」「盛光会」など七つの専門部会に配置。その「体験・取り組み・工夫を交換・共有」して「メンバーの育成に資する」としています。

 また、地域本部に「マンション委員会」(管理組合理事やマンション管理士を掌握)と「福祉委員会」(介護福祉士など有資格者を掌握)の設置を指示しています。

 学会がこれに力を入れ出したのは公明党の政権入り(九九年)ころから。聖教新聞で民生委員などをつとめる会員を紹介。最近は団地自治会やPTAの役員選挙にいっせいに立候補するという例が各地で目立っています。

 学会元職員はこれを「住民の情報はもちろん、選挙では相手陣営の動静を逐一報告する。地域に張りめぐらせた情報集中システムであり、住民組織をこの手に握れという学会の“天下取り”戦略だ」と言います。

 学会は昨年を「対話拡大の年」とし、会員との対話(組織の固め)とともに「地域との対話」に力を入れました。そして、いっせい地方選挙の今年の方針を「栄光・大勝の年」に設定。地域本部は関係者に「先駆者としての強き使命感」(聖教新聞十二月十三日)と檄(げき)をとばしています。

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http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-02-05/14_01.html

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-02-05/14_01.html

母は熱心な学会信者…口癖は「信心を忘れたらいけんよ」


母は熱心な学会信者…口癖は「信心を忘れたらいけんよ」

2012.01.12
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連載:石井館長の魁!人生塾

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 正月は毎年、大阪で年老いた母と過ごすことにしています。貧乏ではありましたが、幼時から家族全員で正月を迎えるのが石井家の習慣でした。私には兄と弟がいるが、兄は母の連れ子なので、戸籍上の長男は私ということになる。だからというわけではないが、兄弟が結婚して所帯を持った今では、私が毎年母と正月を一緒に過ごすようにしているのです。

 大正6年生まれの今年95歳になる母の1日は、ベッドで、法華経を唱えることから始まります。

 50年来の熱心な創価学会信者である母は、起きてすぐに「南無妙法蓮華経」と繰り返し何度もうわ言のように呟くのです。

 さすがに少しボケが始まってきてはいますが、長年身に付いた習慣とは恐ろしいもの。勤行は、94歳になった今でも欠かすことはありません。

 人間は誰もが自分の命が終わっていく宿命と向き合わなければならないという定めがあります。

 だから己が信じることのできる、正しい価値観を持たなければなりません。人生を生き抜き、年老いて迫る死を受け入れる-。そのために、宗教が必要になってくるのでありましょう。

 アルコール依存症の父と腎臓病の兄、そして幼い私と弟を抱え一家を支えていた母は、入信したことにより、人生を生きる基本的ポリシー、原理原則を持つことができたのでしょう。

 現在では日本を代表する巨大宗教集団といわれている創価学会ですが、高度成長に向かって歩き始めた当時は、貧乏人と病人が心の拠り所を求めて集まっていたものでした。往時を思うと、隔世の感があります。

http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20120112/enn1201120831003-n1.htm

ニコ動「頭がパーン」MADアップロード主の情報、地裁が開示命令 創価学会の請求認める

ITmedia ニュース 2013年10月24日(木)16時24分配信


ニコ動「頭がパーン」MADアップロード主の情報、地裁が開示命令 創価学会の請求認める

問題になった動画は現在視聴できないが、再アップロードされたと思われる動画が公開されている=画像は一部加工

 タレントの久本雅美さんが出演するビデオを無断で「ニコニコ動画」にアップロードされ著作権を侵害されたとして、ビデオの著作権を持つ創価学会がプロバイダ責任制限法に基づいて発信者情報の開示を請求し、東京地裁がISPに対し情報開示を命じていたことが分かった。

 判決は10月22日付け。アップロードユーザーが利用したISPを運営するGMOインターネットに対し、動画をアップロードしたユーザーの氏名・住所、電子メールアドレスの開示を命じている。

 判決によると、動画は2012年11月29日に投稿されたもので、長さは2分6秒。判決文(PDF)の「対応一覧表」によると、創価学会が著作権を持つ「すばらしきわが人生 part2」のうち、「久本が創価学会の池田名誉会長から漫才を褒められて、頭がパーンとなったと話している」部分などが含まれている。いわゆるMADと呼ばれる動画の1つで、現在は視聴できない。

 創価学会側は、この動画が著作権(複製権、公衆送信権)を侵害しており、損害賠償などを請求するために発信者情報の開示を受けるべき理由があると主張。東京地裁(長谷川浩二裁判長)は主張を認め、GMOインターネットに対し情報開示を命じた。

 10月24日の時点で、この動画を再アップロードしたものと思われるMAD動画がニコ動で確認できる。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1310/24/news094.html

矢野絢也、創価学会を訴える 週刊新潮

矢野絢也 wikipedia
http://ime.nu/ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E9%87%8E%E7%B5%A2%E4%B9%9F

2008年5月22日 (木)
矢野絢也、創価学会を訴える 週刊新潮
http://ime.nu/nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2008/05/post_0e8d.html

創価学会の連中は、何を怒っているのか。だいぶ前(93年~94年)の文藝春秋に「政界仕掛け人矢野絢也回想録」に
「学会と公明党が政教一致と言われても仕方ない部分もあった、という私個人的な感想の部分について
学会から指摘をうけた。」その点は、矢野氏は「不注意だった」と釈明し、単行本化したときは、その部分は訂正したので、
その後、学会からなにも言われていなかった。
0257 「それが、今頃になってまた問題になるのか、わからなかったが、彼らの言い分を飲んで、
不適切な表現を陳謝する文章を彼らに送りました」それが、公明党機関紙「聖教新聞」で大きく報じられた。
公明党元委員長の矢野氏が陳謝、「文藝春秋」(93,94年)掲載の手記をめぐって「私の間違いでした」
「当時は心理的におかしかった」(05年4月28日付)など、聖教新聞に立て続けに矢野氏を非難する記事が掲載された。
口先だけの反省だけではダメだ、行動で示せ、と批判がエスカレートしていき、
戸田記念国際会館へ矢野氏は呼び出され、創価学会幹部らからつるし上げられた。その様子が訴状に記されている。
被告となっている創価学会幹部も、自分の意思で先輩幹部をこうも口汚く脅迫するということは、考えにくい。
さらに上からの指示がなければ、7,8年も前のことにこうも執拗に 行うことはないだろう。
「土下座しろ、とも言われたので、矢野氏は、そういうことを言うものではない、
とたしなめたら、息子がどうなってもいいのか、という趣旨の脅しをしてきた」



http://ime.nu/nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/images/2008/05/22/morii.jpg


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