スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「黒い手帖裁判全記録」 より一部抜粋2


「黒い手帖」裁判全記録 (現代プレミアブック) 新書 ? 2009/7/1 矢野 絢也 (著) 講談社
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E9%BB%92%E3%81%84%E6%89%8B%E5%B8%96%E3%80%8D%E8%A3%81%E5%88%A4%E5%85%A8%E8%A8%98%E9%8C%B2-%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%9F%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF-%E7%9F%A2%E9%87%8E-%E7%B5%A2%E4%B9%9F/dp/4062156377/ref=pd_sim_b_1?ie=UTF8&refRID=1WTR4STVMC3CFF02YP1N


130ページ
尾行されるようになってから一年半ほど経った2006年12月11日、私は最寄りの牛込警察署に
調査機関による証拠のビデオフィルムと写真、状況を説明した調査報告などを添えて
被害届および保護願を提出した。私はその提出書類にこう書き添えた。
これらの動きは散発的、思いつきではなく、大掛かりな組織的な尾行です。
上部が命令し、忠実な部下が実行部隊を編成しているように見えます。
メンバーを適宜入れ替え、終日、監視、尾行し、その日の私の動きを上部に報告し、
威嚇、圧迫のみならず、私に油断があれば、危害を加えるチャンスをうかがっているとしか思えません。
これは私の被害妄想ではありません。事実です。きわめて危険な状態が
この一年半も続きました。オウム真理教の前例もあることですので
私および家族などの生命に万が一のことがあっては悔いが残りますので
添付の調査報告書を添えて、被害届、保護願いを申請いたします。
132ページ
ちなみにこうした車両のナンバープレートは、大宮、習志野、所沢、水戸など都内よりも関東近県が多く
乗車しているのは三人程度が常だった。それらの車両が複数で、
携帯電話を使って連携しながらついてくるのである。かれらは比較的若く
Tシャツ姿などラフな格好で、クルマから降りると必ず携帯電話を握り、路上で私と目が合えば
すぐに目をそむけ、電話しているポーズをとった。なお、こちらが依頼していた調査機関や牛込書は
ナンバープレートから車両の持ち主を調べたが、ほとんど新車同然だったにもかかわらず
すでに廃車になっている車両があったという。
二度目の被害の後、わが家の門の脇に警羅ボックスが設置されるようになると
尾行はややおさまったかに思えた。だが調査機関の協力を得て、私の外出時、その後をひそかに
追尾して様子をさぐってもらったところ、遠巻きに尾行は継続していたことがわかった。
136ページ
一方、創価学会の監視、尾行のノウハウは、昨日や今日築かれたものではない。
すでに述べた竹入義勝元委員長や山崎正友元弁護士に対する常軌を逸したバッシングの中で
監視や尾行が日常的に行われ、その他、反学会者や学会批判者に対する
監視・尾行などの役割を担っているのが、「広宣部」と呼ばれるところとされる。
その存在は一般学会員にもあまり浸透していないが、広宣部はもともと
創価学会と同じく日蓮正宗の信徒組織で、学会に批判的だった
「顕正会」の実態をつかむために発足した組織を前身としている。
創価学会本部で文化、芸術部門の責任者を務めた小多仁伯氏が著した
「池田大作の品格」(日新報道)によると、
公宣部の主な活動は、「顕正会」構成員の郵便物の抜き取り、構成員の盗撮
交友関係の調査、構成員の尾行、怪文書による攻撃、
構成員のゴミからの情報収集などだったという。
まさに非合法な謀略活動そのものだが、1991年に学会が日蓮正宗から破門されると
広宣部のターゲットが変わる。学会員のなかから日蓮正宗の信徒組織である
妙観講にくら替えするケースが増えたため、脱会者と妙観講がこの非合法活動の標的にされるようになったと聞く。
このように学会の監視や尾行などの非合法活動は、早くから組織化されて行われてきた経緯があり
そうした卑劣な活動はつねに対外的に、そして学会においても、数かぎりない摩擦を生んできたのである。
学会の敵対者に対するバッシングは、組織的で執拗、攻撃的かつ徹底的であるのを特徴とする。
そうした特徴の一端は、私の親戚にも矢野攻撃の余波が及んだことでもうかがえる。
私の親戚にも学会員は多いが、関西在住の親戚夫婦は学会の関西本部に呼び出されて
私の誹謗を繰り返し吹き込まれた。中身は嫌がらせと言ったほうがいい。
息子の妻の両親にも嫌がらせが頻繁にあったらしく、さらに学会員でもない親戚の家にまで
学会の者が押しかけ、私の誹謗中傷を述べている。
138ページ
見ず知らずの人が突然やってきて、インターフォンごしに家族が「どちらさまですか」と
応対すると「矢野さんに抗議にきました」という。「いま不在なので会えません」と、
ひきとりを願っても帰ろうとしない。そんなことが何十回とあった。抗議に乗り込んでくる
青年部の若者たちもいれば、婦人部の女性たちが集団で押しかけてくることもある。
録画機能のある監視カメラを設置し、2008年5月に学会相手に提訴してからは
そのような嫌がらせ訪問はほぼなくなったが、自宅の近くを歩いていて
近づいてきた数人から、だしぬけに「裏切り者!」「地獄へ行け!」と言われたことがあった。
電話で一方的にまくしたてられたり、無言電話などは数かぎりない。
139ページ
裏切り者、地獄、悪魔…。およそ宗教人が口にするとは思えない言葉を個人に対して容赦なくぶつける。
こういう常軌を逸した学会幹部が後をたたない理由は明白だ。
「反矢野」キャンペーンを繰り広げる聖教新聞や公明新聞などの報道が一般の学会員を扇動しているのである。
聖教新聞は公称550万部を発行しており、この数字が正しければ
全国紙の毎日新聞や産経新聞をしのぐ。その大メディアが、矢野は裏切り者だ、こんなにひどいやつだと
繰り返し報じて全国の学会員を焚きつける。会合でも同趣旨のことを繰り返す。
矢野は池田名誉会長という師に敵対する者と決めつけ、憎悪心を煽るのだ。
わが家に抗議に来た人たちは、なぜか仮面のように無表情、マインドコントロールされているかのごとく
決まり文句を口にする。なんだか不気味だった。


創価学会側と矢野元公明委員長が「手打ち」 双方が提訴4件すべて取り下げ
2012/2/20 19:44 jcast
http://www.j-cast.com/2012/02/20122779.html?p=all

矢野絢也、創価学会を訴える 週刊新潮

矢野絢也 wikipedia
http://ime.nu/ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E9%87%8E%E7%B5%A2%E4%B9%9F

2008年5月22日 (木)
矢野絢也、創価学会を訴える 週刊新潮
http://ime.nu/nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2008/05/post_0e8d.html

創価学会の連中は、何を怒っているのか。だいぶ前(93年~94年)の文藝春秋に「政界仕掛け人矢野絢也回想録」に
「学会と公明党が政教一致と言われても仕方ない部分もあった、という私個人的な感想の部分について
学会から指摘をうけた。」その点は、矢野氏は「不注意だった」と釈明し、単行本化したときは、その部分は訂正したので、
その後、学会からなにも言われていなかった。
0257 「それが、今頃になってまた問題になるのか、わからなかったが、彼らの言い分を飲んで、
不適切な表現を陳謝する文章を彼らに送りました」それが、公明党機関紙「聖教新聞」で大きく報じられた。
公明党元委員長の矢野氏が陳謝、「文藝春秋」(93,94年)掲載の手記をめぐって「私の間違いでした」
「当時は心理的におかしかった」(05年4月28日付)など、聖教新聞に立て続けに矢野氏を非難する記事が掲載された。
口先だけの反省だけではダメだ、行動で示せ、と批判がエスカレートしていき、
戸田記念国際会館へ矢野氏は呼び出され、創価学会幹部らからつるし上げられた。その様子が訴状に記されている。
被告となっている創価学会幹部も、自分の意思で先輩幹部をこうも口汚く脅迫するということは、考えにくい。
さらに上からの指示がなければ、7,8年も前のことにこうも執拗に 行うことはないだろう。
「土下座しろ、とも言われたので、矢野氏は、そういうことを言うものではない、
とたしなめたら、息子がどうなってもいいのか、という趣旨の脅しをしてきた」

0256.jpg
0257.jpg
morii.jpg
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

nowhere

Author:nowhere
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。