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騒音トラブルきっかけか 淡路島5人殺害事件

注)週刊文春によれば、容疑者のお父さんはNTT社員を定年まで勤め上げた地域のリーダー的存在だったとか。
容疑者は以前はライダースーツを着て、単車にまたがる姿が何度か目撃されていたが、
最近では近所で見かけられる姿が減っていたそうです。
過去に「集団ストーカーにあっている」と連続殺傷をした事件ではマツダ連続殺傷事件が有名ですが
こちらの事件は犯人のご両親は学会員でした。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150315/k10010015721000.html
3月15日 0時32分 NHK
兵庫県淡路島の洲本市で5人が殺害された事件で、6年前、逮捕された男のバイクの騒音を巡って被害者の家族との間でトラブルになっていたことが、捜査関係者への取材で分かりました。このあとインターネット上に被害者や家族を中傷する書き込みが相次ぐようになり、警察はトラブルをきっかけに男が恨みを募らせていったとみて、いきさつを調べています。調べに対し、男は「裁判になるまで一切語るつもりはない」などと供述しているということです。
今月9日、兵庫県淡路島の洲本市中川原町で、兵庫県の土木事務所の嘱託職員、平野浩之さん(62)の一家3人と、別の住宅に住む平野毅さん(82)と妻の、合わせて5人が刃物で刺されて死亡し、警察は、近くに住む無職の平野達彦容疑者(40)を逮捕して殺人の疑いで調べています。調べに対し「裁判になるまで一切語るつもりはない」などと供述しているということです。
警察のその後の調べで、6年前、平野容疑者のバイクの騒音を巡って毅さんの家族との間で警察が介入するトラブルになっていたことが、捜査関係者への取材で新たに分かりました。
このあとインターネットの簡易投稿サイトなどに毅さんや家族を中傷する書き込みが相次ぐようになり、平野容疑者は自分が書き込んだことを認めているということです。警察は平野容疑者がトラブルをきっかけに恨みを募らせていったとみて、いきさつを調べています。
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淡路島5人惨殺事件 資産家一族に何が…引きこもり男の素顔
dot.asahi※週刊朝日 2015年3月20日号
http://dot.asahi.com/wa/2015031200070.html
淡路島ののどかな山村にそびえ立つ名家が一瞬にして血の海となった。3月9日朝、兵庫県洲本市の2軒の家から計5人の男女が殺害されているのが発見された。兵庫県警は、5人の一部の親族とみられる、平野達彦容疑者(40)を現行犯逮捕。資産家一族に一体、何があったのか。
 殺害されたのは、元県職員の平野浩之さん(62)と妻の方子(まさこ)さん(59)、浩之さんの母の静子さん(84)。近くに住む、平野毅(たけし)さん(82)と妻の恒子(つねこ)さん(79)の5人。浩之さんの親族の証言。
「殺害現場は、部屋の天井まで血が飛び散り血の海だったそうです。『何人死んでいるのかわからない』と聞きました」
 亡くなった静子さんは地元の保育園で、給食の調理を担当していた。静子さんと親しい人は恐怖さめやらぬ様子でこう語った。
「給食のおばちゃん、と子供らから慕われ、いつもニコニコと笑顔。老人会の活動にもよく参加してて、カラオケが好きでしたね。最近、足が不自由になり外出が少なくなった。こんな目にあうとは、怖いです」
 浩之さんは農業の専門家、毅さんは元洲本市職員。一族は地元の市議より広大な畑を所有し、退職後は地元の親睦団体の役職につくなど、資産家の名士だ。一方、被害者の一部の親族とされる達彦容疑者は地元の小学校、中学校に進んだが、その後、引きこもり状態に。「もう10年以上も前から姿を見たことがない」と近所の人は言う。
「子供のころに両親が離婚。学校でいじめにあったこともあり、引きこもりになってしまった。アルバイトもしていたが長続きしなかった。(達彦容疑者の)父や亡くなった親族も悩んでいた」(前出の親族)
 そして達彦容疑者は通院歴があり、兵庫県明石市の病院に長期入院し、治療していた。一時、明石市の友人宅にいたが、昨年秋ごろ、淡路島に戻った。
「退院後、畑仕事を手伝うようになった。それが、またダメで引きこもっている」と父親は嘆いていたという。
 そして、達彦容疑者は、フェイスブックやツイッターなどのSNSに、殺害された被害者側の実名、個人情報をあげて悪口を書くようになる。
 達彦容疑者のものとみられるSNSの投稿では、被害者側について「集団ストーカー犯罪」などと書き、一方的に中傷していた。批判はさらにエスカレート。「スパイリスト」として100人以上の名前を挙げ、中傷。面識のない地元の人にまで及んだ。
「なんで悪口を書くんだと思った。だが、近所の評判では近寄るなという話なので、我慢していました」(地元の人)
 被害者の親族は2月に洲本市の無料法律相談や県警に書き込みのことなどを相談していた。
「普段はおとなしいのに、『電磁波から追われている』とバイクや自転車で走り回る。注意すると、親族と殴り合い、『スパイにやられる』と大騒ぎ。『スパイと対決だ』と宅配便で奇妙なものが届くなど、ずっと奇行ばかりが続いていた。父は『もう手のほどこしようがない。何をするかわからん』と話していた。まさかこんな結末になるとは」(前出の親族)
 危機感を募らせた達彦容疑者の父親は最近、近所の人々に「達彦が外出したら、110番してください」と話し、警察も時折、パトロールしていたという。逮捕時には容疑を認めていた達彦容疑者。だが、「わからない」と否認をはじめた。当局は今後、精神鑑定をするかどうか、検討している。

注)容疑者の意味不明なツイート「創価学会単独の犯罪と主張し右翼宗教活動」と創価学会を遠まわしに
擁護しているようにも見えますし、生長の家がギャングストーキングなどきいたことがありませんね。

https://twitter.com/jichitai_net

Tatsuhiko Hirano ‏@jichitai_net · 3月5日
@ChnEmbassy_jp @RusEmbassyJ
○電磁波犯罪とギャングストーキングの被害に遭いながらも、世界平和と国内外の人々の為に、告発を続けている、日本人。
○被害者になりすましの日本人工作員。※特徴は世界各国に告発しない。創価学会単独の犯罪だと主張し右翼宗教活動!

B_QyIYbVIAE9-_E.jpg

100701-2.jpg

http://www.geocities.jp/shinnyatarou/news100701.html
より画像を転載

週刊文春 7月1日号(6月24日発売)
http://www.bunshun.co.jp/mag/shukanbunshun/
マツダをファミリアで襲撃! 42歳暴走男「デス・レース」人生
http://dkmkd.sauropol.com/public/z/201006mas.jpg
(ソースより抜粋)
広島市内で育った引寺は幼いころは線が細く、比較的地味な少年だった。
創価学会信者の家庭で、両親がよく題目を唱えていたという。
市内の工業高校を卒業後はマツダの下請け会社に入社する。
だが勤務先を転々とし、三十歳になっても実家暮らしを続けていた。
「夜中なのに、バリバリと爆音を立てて白い車で帰宅していた。
厳格な性格の父親に『そんな大きな音を立てたら迷惑だろ』と叱られていた」
http://dkmkd.sauropol.com/public/z/201006mas.jpg
http://www.beach.jp/circleboard/ad28005/topic/1100095309382 より転載


マツダ本社工場連続殺傷事件wikipsdia より一部抜粋 全文はリンク先を参照してください
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%84%E3%83%80%E6%9C%AC%E7%A4%BE%E5%B7%A5%E5%A0%B4%E9%80%A3%E7%B6%9A%E6%AE%BA%E5%82%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6
マツダ本社工場連続殺傷事件(マツダほんしゃこうじょうれんぞくさっしょうじけん)は、2010年(平成22年)6月22日に広島市南区及び安芸郡府中町にあるマツダ本社工場で発生した通り魔事件である。この事件で12人が被害に遭い、1人が死亡、11人が重軽傷を負った[2][3]。

現行犯逮捕された被疑者は同市安佐南区上安二丁目に住む42歳の派遣社員の男で、マツダの元期間従業員だった[2]。
マツダによれば、被疑者は2010年(平成22年)3月25日に6ヶ月契約の期間社員として入社、4月1日から同工場でバンパーの製造業務に当たっていたが、14日になって自己都合退職した。被疑者はマツダ工場で同僚から集団ストーカー行為をされたとして、マツダが嫌がらせを止めなかったので、マツダに復讐しようとしたと供述しているが[1]、警察の捜査では嫌がらせの事実は確認できず、被害妄想による思い込みと判断された[1]。犯行現場ではブレーキ痕がほとんど発見されておらず、ファミリアS-ワゴンはフロントガラスが大きく破損し、ボンネットも変形しているという。

マツダwikipedia より一部抜粋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%84%E3%83%80
マツダ株式会社(英語:MAZDA Motor Corporation)は、日本の自動車メーカーである。

1920年に、コルクを生産する「東洋コルク工業株式会社」として創業。1927年以来、「東洋工業株式会社」が正式社名であったが、1984年にブランド名に合わせて「マツダ株式会社」に改称した。英語表記は「MAZDA」。コーポレートマークの「mazda」は1975年から、「M」を模ったエンブレム(通称フライング・M)は1997年から使用されている。現在の社名は、事実上の創業者である松田重次郎の姓と、叡智・理性・調和の神を意味するゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー (Ahura Mazdā)にちなみ、自動車産業の光明となることを願ってつけられたことに由来する[8][9]。

§職場上司のパワハラによる社員の自殺[編集]
2007年、当時25歳であった男性社員がうつ病を基に自殺した。男性は、入社20年のベテラン社員が担当していた購買業務を引き継ぐ形で異動し、時間外労働は自殺直前に月80時間を超えていた。しかし上司は男性を叱責し続け、孤立無援の状態に置かれた男性はうつ病を発症し、社宅の自室で首つり自殺した。この上司は男性の自殺後にも、職場で笑いながら「あ、亡くなったわ」「この忙しいのに」と発言したり、同僚が男性の机に花を飾ろうとしたときに「大っぴらにするな」と制したりした。葬儀の場でも、弔文原稿に目を通しながら冗談めいた口調で「泣かすよなあ」と発言した。
マツダは遺族側と裁判で争い、「過重労働はなく、上司もサポートしていた」などと主張していたが、2011年2月、神戸地裁にて「質的、量的に過剰な労働で、自殺は業務に起因する。一方で上司の適切なサポートもなく、同社は安全配慮義務を怠った」として過労自殺が認められ、約6400万円の支払いが命じられた[52][53][54]。
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