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池田大作名誉会長の弔辞も

注)ご冥福をお祈り申し上げます
週刊文春は最近学会や公明党と仲いいです。
広告でアシックスやルイヴィトンなどが掲載されていたこともありましたし

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4956
週刊文春web
2015.03.26 12:02

3月18日、自民党と公明党は、安保法制の骨格で実質合意した。同じ日、大阪市内の斎場で営まれた葬儀に、自民党の二階俊博総務会長や古賀誠元幹事長、民主党の樽床伸二元総務相らが駆けつけた。前日の通夜には前原誠司元外相の姿もあったという。

 亡くなったのは、公明党の支持母体・創価学会の関西組織を30年以上にわたって率いた西口良三氏。享年76。

 葬儀では、池田大作名誉会長の弔辞が代読された。西口氏は池田氏の大阪訪問の際の運転手を務めて側近となり、1977年から学会の関西長、総関西長を歴任。「常勝関西」と称される強固な地盤を築いた。学会員以外の票を固める「フレンド票」の徹底などは西口氏が手掛けたとされ、今も学会選挙のひな形となっている。

 西口氏の名前が永田町で有名になったのは、新進党の誕生がきっかけだった。当時、新進党幹事長の小沢一郎氏は、公明党書記長だった市川雄一氏との「1・1ライン」だけでなく、学会本体との直接協議に乗り出した。その際、学会側で「小沢番」となったのが西口氏で、以降は学会の小沢対策を一手に担ってきた。

 新進党解党に伴う小沢氏の自由党の結成にあたっては、数名の旧公明党議員も参加させ、パイプを切らせないよう尽力もした。公明党幹部は「宗教法人法の改正問題などで、学会は小沢氏に借りもあった。小沢氏を『反学会』に走らせないよう、最後の命綱の役目を果たしたのが西口氏と市川氏だった」と振り返る。

 西口氏には、野中広務元幹事長や青木幹雄元官房長官ら、旧竹下派の幹部のみならず、宏池会系も含め、自民党政治家が門前市をなした。節目節目に取り沙汰される学会首脳の名前は、常に西口氏だった。

 だが2009年、公明党は大阪も含め小選挙区で全敗。西口氏は総関西長を退任し、副理事長兼関西総主事の職に就いた。後任は置かれず、関西の最高参与には池田氏の長男・博正氏が就任。党の方でも一線を退いていた市川氏が再び常任顧問に就いて最高幹部に復帰するなど、「西口後」の体制が進んでいた。

 公明党・学会との関係が薄く、高い支持率を誇る安倍政権には、安保法制などで押し切られる場面が目立つ。また、ここにきて、創価小学校生との面会や勤行など、池田氏の動静が聖教新聞で報じられている。関西だけでなく、学会本体の今後の動向を永田町は息を潜めて見守っている。
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