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LINEの開発を担当したNHN Japanの日本人技術者が退職「韓国人のための会社、溝が埋まらなかった」

http://green139.blog.fc2.com/blog-entry-599.html?sp
の再掲です
2013年3月の記事のようですが、ご本人により削除されました

NHN Japan株式会社を退職いたします

「LINE株式会社(仮)に入社出来ませんでした」みたいな釣りタイトルにしても
良かったのですが、転職系のエントリは真面目に書いたほうが良いかなと思って。

有給消化期間がまだ結構残っているのですが、本日3月22日が最終出社日でした。
2年ちょっとNHN Japan(NAVER Japan時代含む)で働いてきました。入社後すぐに
アプリ開発のため韓国に1ヶ月出張したり、まとめやLINEの成長に微力ながら関われたり、
僭越ながら様々な場所で登壇をさせていただいたり、と、
2年という月日では単純に表せられない位の濃密な時間を過ごさせて頂きました。

その中で、LINEというサービスの道程を通じて、世界で受け入れられるサービスに
必要なものはどういうものなか、、、理解できたとはとても言えませんが、比較的近い
場所で目の当たりにすることが出来たのは非常に大きな経験になったと感じています。

また、優秀なエンジニアと交流できた事も今後へ向けた糧になりました。印象深い方々
TOP3をtwitter IDで名指しすると、@sunsuk7tp、@overlast、@tagomoris(敬称略)です。

ただし、個人的な感覚をいくつかワガママに書くとしたら、、、大企業で、ブランド
イメージも高止まりした会社で、安定して気楽に過ごす事は出来るかもしれませんが、
少し物足りなさを感じてきていたのは事実です。特に、海の向こうで作られたサービスや
機能が、日本人の多くのメンバーにリリースまで告知されない(リリース後初めて知る)、
という事も多く体験しました。これは人によって捉え方が違うでしょうしグローバル企業を
指向するなら許容しなければいけない事ですが、自分がこの会社では単なる小さい
歯車としてしか存在し得ないことを印象づけられました。また、ご存知の通りこの会社は
韓国人による、韓国人のための会社です。常に文化の差を感じ、異文化交流の難しさと面白さを感じながら仕事をしてきた中、正直に吐露すると埋められない溝を感じた。
これも事実です。
http://dayafterneet.blogspot.jp/2013/03/nhn-japan.html

「Day After Neet: NHN Japan株式会社を退職いたします」のグラフ
コメント
http://hatebu-graph.com/graph/1bee85e198c30459e7b8256cb93e95d4946bd140
(2015/06/05 01:44:34 更新)
1.Day After Neet: NHN Japan株式会社を退職いたします:invent2013-03-25 10:36:23
2.所詮は日本法人てことか。手柄は全て本社に持っていかれてたのかなあ:monochrome_K22013-03-24 19:56:32
3.お疲れさまでした:shiumachi2013-03-23 23:23:00
4.おつかれさまでした!:daisukebe2013-03-23 23:22:37
5.>>ご存知の通りこの会社は韓国人による、韓国人のための会社です。 / “Day After Neet: NHN Japan株式会社を退職いたします”:gin06062013-03-23 23:17:05
6.お疲れ様でした。:marqs2013-03-23 21:05:04
7."海の向こうで作られたサービスや機能が、日本人の多くのメンバーにリリースまで告知されない(リリース後初めて知る)、という事も多く体験しました。":ekshinyah2013-03-23 17:42:45
8.おつカレーさまでした! / “Day After Neet: NHN Japan株式会社を退職いたします”:kamipo2013-03-23 12:37:01
9. 「この会社は韓国人による、韓国人のための会社です」:naglfar2013-03-23 12:22:31
10.韓国の会社なんだなぁ:suginoy2013-03-23 12:12:28
11.「ご存知の通りこの会社は韓国人による、韓国人のための会社です」:at_yasu2013-03-23 11:45:18
12.言い切っちゃうんだ、すごい 「ご存知の通りこの会社は韓国人による、韓国人のための会社です」:mizchi2013-03-23 11:42:20
13."特に、海の向こうで作られたサービスや機能が、日本人の多くのメンバーにリリースまで告知されない(リリース後初めて知る)、という事も多く体験しました。":akanuma22013-03-23 11:34:36
14.内情が見えますね:ka2nn2013-03-23 11:28:39
15.「この会社は韓国人による、韓国人のための会社です。」:murawaki2013-03-23 09:53:39
16.oh:todesking2013-03-23 08:12:38
17.ここまで正直に書かれてる退職エントリ初めて読んだ:komlow2013-03-23 08:01:23
18.やはりLINEは(ry:typex22013-03-23 04:45:44
19.重要なことが書かれている:kaiteki612013-03-23 00:36:12
20.お疲れ様でした!!!もっとご一緒して色々教わりたかったです。残念。:studio31042013-03-22 22:40:12
21.おつかれさまでした / “Day After Neet: NHN Japan株式会社を退職いたします”:kazeburo2013-03-22 22:37:30




注)初代社長の方の過去のインタビューです

自分の考えを示しながら、互いに納得できる答えを探る努力が重要 - 仕事の達人
http://type.jp/s/expert/t32/1.html
生まれ育った韓国とは違う世界を見てみたい――。 海外留学を決意した千良鉉氏は、その行き先として日本を選んだ。 数年後、彼はゼロからビジネスを立ち上げるために再来日する。 そしてNHN Japanが提供する「ハンゲーム」は 国内最大級のインターネットゲームポータルサイトへと成長。 “人と人とのつながり”を大切にする姿勢は そのビジネスモデルだけでなく、自身の仕事ぶりにも現れている。
NHN Japan株式会社 代表取締役社長 千 良鉉 氏

1966年、韓国ソウル生まれ。
90年、日本に留学。語学学校や早稲田大学研究生を経て、慶應義塾大学SFCの政策・メディア研究科に入学。98年に修士号を取得する。 99年に韓国で株式会社Media Webの設立に参加した後、ハンゲームコミュニケーション(現 NHN corporation)に入社し、海外事業部責任者に。 2000年9月、「ハンゲーム」のビジネスモデルを日本に広めるべく、ハンゲームジャパン(現 NHN Japan)を設立
ナローバンドからブロードバンドへ。この大きな変革の波が日本のIT社会を襲ったのは、2000年前後のことだった。これにより、インターネット環境は従量課金制のダイヤルアップ接続から常時接続・定額制へと移行。同じ頃、この機を捉えて一足先にブロードバンド社会となった韓国から新たなビジネスが日本に上陸する。インターネットゲームポータルサイトの「ハンゲーム」だ。

「利用時間や容量が限られる環境下では、人々は情報を引き出すためにインターネットを使っていました。そこで求められるのは、検索サービスに代表されるような利便性だったわけです。しかし、24時間の接続が可能になれば、必ず〝ネットで楽しむ〟という感覚が生まれるはず。ハンゲームは、そのニーズに応えられる存在になりたいと考えたのです」

そう話すのは、NHN Japanの代表取締役社長を務める千良鉉氏。当時すでに韓国では1000万人のユーザーを獲得していた「ハンゲーム」を日本に広めるため、2000年に同社の前身となるハンゲームジャパンを設立した人物だ。そして、千氏の読みは的中する。サービス開始以来、累計会員登録件数は飛躍的な伸びを続け、2002年には100万件、2004年には1000万件、今年1月には、ついに2000万件を突破した。

現在は、多彩なゲームを160種類以上も取り揃え、チャットや掲示板、サークルなどユーザー同士をつなぐコミュニケーション機能も充実。単なるゲームサイトから、人と人とのつながりを深めるコミュニティサイトへと進化を遂げている。2005年からは新たにブログやSNS的機能を取り入れたインターネットコミュニティサービス「CURURU(クルル)」も登場し、こちらも着実に利用者数を伸ばしている。

その立役者である千氏は韓国出身。日本の大学院への留学経験を持ち、流暢な日本語を操る。「私はただ、人を楽しませたり感動させるのが好きなんですよ」と話す口調はとても穏やかで、物腰も柔らかい。しかし単身来日し、ゼロからビジネスを作り上げた辣腕ぶりは誰もが認めるところだ。

留学先にアメリカでなく日本を選んだ理由

千氏は韓国の大学を卒業後、いったんは母国で就職した。デパートや金融会社に勤めたが、将来のビジョンを描けないことに焦りを感じていたという。一体自分は何をしたいのだろうか――。それを探る手段として選んだのが、海外留学の道だった。

「韓国で生まれ、韓国で教育を受け、韓国の人々と接することで得た世界観が、当時の私には全てだった。ならば、違う世界を見れば、また別の自分を発見できるのではないかと思ったのです」

当初は留学先をアメリカにしようかとも考えた。しかし、千氏が最終的に選んだのは日本。

「隣の国のことも理解できていないのに、アメリカでやっていけるものだろうかと考えたのです。歴史の授業で植民地時代のことは教わっても、それ以外の時代の日本については勉強する機会がない。なぜ日本が急速な経済発展を遂げることができたのか、それさえよく分かっていなかったんですよ」

語学学校で日本語を勉強した後、慶應義塾大学SFCの政策・メディア研究科に入学。ここでパソコンの使い方もいちから習得した。しかし大学院での研究もさることながら、千氏に大きな影響を与えたのはアルバイトでの経験だった。

「飲食店や工事現場、新聞配達まで何でもやりましたね。そこで日本社会を体験しながら、人のぬくもりや感情の動きを学びました。それまで思い描いていたイメージとは違う日本も知ることができた。例えば〝わびさび〟とか〝粋〟とか、そういう日本独特の感情や気持ちの表現がたまらなく好きだと思えたし、そこから湧いてくるイメージはとても新鮮でした」

そして、千氏は「日本でずっと暮らしていきたい」と思うようになった。将来は博士課程まで進み、そのままSFCの教員になりたいとも考えた。ところが、個人的な事情で学業を続けることが難しくなり、修士課程を終えたところでいったん韓国に帰国。そこで知人に誘われて会社の立ち上げに参加したのが、ITビジネスとの出合いとなった。

この会社が手掛けていたのは、ネットカフェのパソコンをネットワーキングするというビジネス。設立時に「1000店舗のフランチャイズ化」を目標に掲げたが、千氏が中心となって1年も経たないうちに達成してしまった。それまでは「仕事がひと段落したら、今度こそ日本の大学院へ戻って教員を目指そう」と考えていたが、この経験を通して「初めてインターネットビジネスでの可能性を感じた」という。

ハンゲームの日本進出をたった一人託される

そんな千氏に、日本で働くという夢を実現するチャンスが訪れる。ビジネスセンスを見込んだハンゲームコミュニケーション(現・NHN corporation)の社長が、千氏に「ハンゲーム」の日本進出を託したのだ。

「起業家志向はなかったのですが、日本にそういうビジネスがないなら自分でやってみたい、という気持ちが芽生えました。ちょうど日本はナローバンドからブロードバンドへと移行しつつあった時期。ITやネットワーク関連のビジネスをやるなら、韓国よりも今後伸びる可能性は大きいだろうとも思いましたね」

こうして、念願かなって再来日し、新たなスタートを切る。ところが、韓国から送り込まれたのは千氏ただ一人。何もかもがゼロからのスタートだった。

「最初に借りた住まいは家賃4万5千円のアパートでした。オフィスも渋谷の道玄坂にある小さなマンションの一室からのスタート。人脈もないから、スタッフを集めるのもひと苦労でした」

徐々に会社のビジネスモデルに共感してくれる仲間が集まりはじめたものの、課題は山積みだった。すでにゲーム大国といわれている日本のユーザーが、あえてオンラインゲームを選ぶものなのか。花札やボードゲームといったシンプルなコンテンツで集客できるのか。たとえ集客できても、収益モデルはどのように確立するのか。

試行錯誤を繰り返しながら、しばらくは手探りで前に進むような時期が続いた。ビジネスが軌道にのったという手応えを感じたのは、2002年にアバターの有料化に踏み切った時のことだという。

「有料化については、正直かなり悩みましたね。社内の慎重論も根強かった。アバターというのは、言ってみればGIFファイルです。これを有料にして、果たしてお客様は買ってくれるのかと。社員の多くが『お客様に有料化を受け入れていただくのは難しいのでは』と考えていました。しかし私は考えた末に、彼らにこう言ったのです。『皆が言うことはもっともだが、我々の平均年齢は30代だ。10代~20代のお客様なら好みも考え方も違うから、買っていただけるかもしれないよ』と」

「人を説得することはできない」というのが千氏の持論だ。その代わり、相手との共感性を大事にする。人の意見を聞き、それに対する自分の考えを示しながら、互いに納得できる答えを探る努力をする。この時も何度か社員たちの間でやりとりが繰り返され、皆で有料化に踏み切る決断を下した。

ビジネスが動いている実感を初めて得た日

アバター有料化の初日、千氏も社員もリアルタイムで報告される売上げデータを固唾を呑んで見守った。結果は予想以上。その日だけで70万円を売り上げるという好調なものだった。

「企業と大きな契約をして得たお金ではなく、たくさんのお客様が100円や200円ずつ払ってくれた結果ですから、私にとっては非常に貴重な数字でした。この時に初めて、ビジネスが動いているという実感を得たような気がしますね。その日は社員たちと飲みに行って、皆で嬉し泣きしたような記憶があるなあ(笑)」

経営トップとしてドライに物事を進めるのではなく、「何よりもチームワークを大切にしたい」と話す千氏らしいエピソードだ。

ネットビジネスはこれから本格的な成長がはじまる――。そんな中で、ゲームをただの娯楽ではなく、人生を豊かにするひとつの要因、と千氏は捉えている。

「オンラインゲームはバーチャルの世界であってもそれは経験であり、体験なのです。映画や音楽も同じですが、『この曲を聴くと学生時代を思い出す』というように、自分の生きてきた経験、体験と記憶とがつながっている。ハンゲームは小学生のお客様も多いのですが、彼らが大人になった時に『そういえばあの頃、ファミスタやったなあ』と思い出してもらえれば嬉しい。我々の提供するサービスが、そんなふうに人生を豊かにする役割を担えるようになりたいですね」

石原さとみ、LINEの新CM出演に「本当に嬉しい」--1月26日から放映
藤井涼 (編集部) 2013/01/25 16:52 CNET
http://japan.cnet.com/news/service/35027390/
NHN Japanは1月25日、無料通話・メッセージアプリ「LINE」のプロモーションとして、女優の石原さとみさんなど4名を起用した新テレビCMを1月26日から全国で放映すると発表した。同日開催された記者発表会にはゲストとして石原さんが登場。自身のLINEにまつわるエピソードなどを語った。
 新CMは、石原さとみさん、俳優の永山絢斗さん、及川光博さん、女優の木南晴夏さんの4名が、LINEのユーザー間でよくある日常をドラマ仕立てで演じるという内容。石原さんが主演を務めるサトミが入団する劇団を舞台に、LINEを通じて仲間がより身近になっていく様子を描く。
日常的にLINEを使っているという石原さんはCM出演について「本当に嬉しい。もうLINEは私の生活の一部になっている。毎日のように使っていて、本当に便利だと思っているものを宣伝できるのは本当に幸せ」と喜びを語る。
 またLINEのお気に入りのポイントとして、グループメッセージの既読通知機能を挙げ「スケジュールに関しては特に、(メッセージを)見たか見てないかの返事を毎回しなくて済むので、すごく忙しい時などに便利」とコメント。海外にいる友人などともリアルタイムにつながることができると語り「こんなに距離感を感じないツールはすごい」と強調した。

 同日の発表会で挨拶したNHN Japan代表取締役社長の森川亮氏は「LINEは2011年11月に初めてテレビCMを開始してから順調に成長し、1月18日に1億ユーザーを達成した。最近では、街角や電車の中でLINEやLINEのゲームを遊んでいただき嬉しく思っている。ただし、まだここは通過点。さらに高みを目指すべくさまざまな展開をより速いスピードで行っていく」と意気込みを語る。
 続いて、NHN Japan 執行役員の舛田淳氏がLINEの今後について説明。海外では北米や中国市場を強化しグローバル展開を加速させるとする一方で、国内では「全国的な生活インフラ化を目指す」と語り、今回のテレビCMもその一環だとした。
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