スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

政府・沖縄、対立色再び 慰霊の日 首相・知事会談は5分

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS23H61_T20C15A6PP8000/
日本経済新聞2015/6/24 0:30
沖縄戦の犠牲者を悼む「慰霊の日」を23日に終え、米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設をめぐる政府と沖縄県の対立が再び激しくなりそうだ。沖縄を訪れた安倍晋三首相と翁長雄志知事の会談はわずか約5分間に終わった。追悼式の「平和宣言」で、翁長氏は辺野古移設反対など基地問題に半分以上を費やし、政府と沖縄県の溝の深さを浮き彫りにした。

 23日の追悼式。「今後も沖縄の負担軽減に全力を尽くしたい」と訴える首相に会場から「帰れ」などと罵声が飛んだ。首相は追悼式後、記者団に「普天間の固定化はあってはならない」と辺野古移設の必要性を強調。しかし厳しい空気に配慮してか、これまで繰り返してきた「辺野古移設は唯一の解決策」との表現は使わなかった。

 翁長氏は戦後70年の節目の平和宣言で「政府は移設作業の中止を決断し、政策を見直すことを強く求める」と力説した。平和宣言では歴代知事も普天間基地の県外移設や負担軽減を訴えてきたが、宣言の半分も費やすのは異例だ。会場では首相あいさつとは対照的に翁長氏に拍手が湧いた。
この日、首相と翁長氏の間には微妙な空気が流れ続けた。追悼式会場を訪れた首相は出迎えた翁長氏と握手を交わさず険しい表情のまま。帰途に就く直前、那覇空港で短時間会談したが、同席した山口俊一沖縄・北方相が沖縄観光について聞き、翁長氏が説明するなどにとどまった。
歴代首相は2000年以降、03年を除き毎年6月23日に沖縄を訪れている。仲井真弘多前知事時代は昼食を取りながら会談するのが恒例だった。菅義偉官房長官は記者会見で「国会がこういう状況だからできなかった」と説明した。

 今後は波乱含みだ。県の第三者委員会は7月中に前知事が埋め立て申請を承認した過程を検証した結果を報告する予定。翁長氏はこれを受けて承認の取り消し、撤回に踏み切る考えを明言している。政府高官は「裁判になるだろう」と漏らす。

 前知事の承認時、留意事項として埋め立てを始める際に国が県と協議するとした取り決めも焦点だ。計画に細部でも変更があれば、改めて県や名護市の承認が必要とされる場面も想定され、その場合は「着工の遅れはやむを得ない」との声が政府内にある。

 沖縄県議会も、県外から土砂や石材の持ち込みを規制する条例案を7月10日に成立させる見通しで、埋め立てに必要な土砂の搬入に影響が出る可能性がある。

 政府は沖縄の出方を見極めつつ、計画通り今夏に埋め立てを始める方針を変えていない。ただ安全保障関連法案の慎重審議に向けて国会を大幅に延長したのを踏まえ「埋め立て強行の印象が安保審議に影響しないよう、政府は着工に慎重になるのではないか」との声も沖縄には出ている。


沖縄慰霊の日、異例の平和宣言 翁長雄志知事「辺野古移設の中止を」【全文】
The Huffington Post | 執筆者: 安藤健二
投稿日: 2015年06月23日 13時25分 JST 更新: 2015年06月23日 13時52分 JST
http://www.huffingtonpost.jp/2015/06/23/okinawa-heiwa-sengen_n_7641970.html
6月23日の沖縄全戦没者追悼式の中で、翁長雄志(おながたけし)知事が平和宣言の中で「普天間基地を辺野古に移設する作業の中止の決断を強く求めます」として、移設計画を進める安倍政権の姿勢を強く批判した。

この日は、太平洋戦争末期の沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」。追悼式は最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で開かれた。朝日新聞デジタルによると、日米両政府が普天間返還に合意し、辺野古周辺が候補地に浮上した1996年以降、慰霊の日の平和宣言で県知事が明確に辺野古移設計画の中止を訴えるのは初めて。6月23日は、沖縄戦で組織的戦闘が終わったとされる日。追悼式には翁長知事のほか、安倍晋三首相や衆参両院議長、キャロライン・ケネディ駐日米国大使らが参列した。

安倍首相は「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くして参ります」と述べたものの、辺野古移設には触れなかった。翁長知事の平和宣言の全文は以下の通り。

■翁長雄志知事の平和宣言全文

70年目の6月23日を迎えました。私たちの郷土沖縄では、かつて史上稀に見る熾烈な地上戦が行われました。

20万人あまりの尊い命が犠牲となり、家族や友人など愛する人々を失った悲しみを、私たちは永遠に忘れることができません。それは私たち沖縄県民が、その目や耳、肌に戦のもたらす悲惨さを鮮明に記憶しているからであり、戦争の犠牲になられた方々の安らかであることを心から願い、恒久平和を切望しているからです。

戦後、私たちはこの思いを忘れることなく、復興と発展の道を力強く歩んで参りました。しかしながら国土面積の0.6%に過ぎない本県に日米安全保障体制を担う米軍専用施設の73.8%が集中し、依然として過重な基地負担が県民生活や本県の振興開発にさまざまな影響を与え続けています。

米軍再編に基づく普天間飛行場の辺野古への移設をはじめ、嘉手納飛行場より南の米軍基地の整理縮小がなされても、専用施設面積の全国に占める割合は0.7%しか縮小されず、返還時期も含め、基地負担の軽減とはほど遠いものであります。

沖縄の米軍の基地問題は我が国の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべき重要な課題であります。特に普天間飛行場の辺野古移設については昨年の選挙で反対の民意が示されており、辺野古に新基地を作ることは困難であります。そもそも私たち県民の思いとは全く別に強制接収された「世界一危険」といわれる普天間飛行場の固定化は許されず、その危険性除去のため「辺野古に移設する。嫌なら沖縄が代替案を出しなさい」との考えは到底、県民には受け入れられるものではありません。国民の自由・平等・人権・民主主義が等しく保障されずして、平和の礎を築くことはできないのであります。

政府においては固定観念に縛られず、普天間基地を辺野古に移設する作業の中止を決断され、沖縄の基地負担を軽減する政策を再度見直されることを強く求めます。一方、私たちを取り巻く世界情勢は地域紛争やテロ、差別や貧困が基となり、多くの人が命を落としたり、人間としての尊厳が蹂躙されるなど、悲劇が今なお繰り返されています。このような現実にしっかりと向き合い、平和を脅かすさまざまな問題を解決するには、一人一人が積極的に平和を求める強い意志を持つことが重要であります。

戦後70年を迎えてアジアの国々を繋ぐ架け橋として活躍した先人たちの万国津梁(しんりょう)の精神を胸に刻み、これからも私たちはアジア太平洋地域の発展と平和の実現に向けて、努力して参ります。未来を担う子や孫のために誇りある豊かさをつくりあげ、時を超えていつまでも子供たちの笑顔が絶えない豊かな沖縄を目指します。慰霊の日にあたり、戦没者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、沖縄が恒久平和の発信地として輝かしい未来の構築に向けて全力で取り組んでいく決意を、ここに表明します。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

nowhere

Author:nowhere
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。