スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スタンリー・キューブリック wikipedia

注)7月26日というと何の日と記憶されているでしょうか?ポツダム宣言の日、昨年の佐世保の同級生殺害事件の日
昨年のフジロックの日、故人スタンリーキューブリック監督の誕生日でもあります
『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』、『2001年宇宙の旅』、『時計じかけのオレンジ』が有名ですが、「フルメタルジャケット」と「アイズワイドシャット」ををご覧になったことはありますか?
「フルメタルジャケット」はミッキーマウスマーチが印象に残ります

Full Metal Jacket - Mickey Mouse song
https://www.youtube.com/watch?v=PmILOL55xP0

ミッキーマウスマーチwikipediaより一部抜粋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%81
使用
スタンリー・キューブリック監督の映画「フルメタル・ジャケット」のラストで、海兵隊達が「ミッキーマウス・マーチ」を歌いながら戦火の中を行進するシーンが使われている。

スタンリー・キューブリック wikipedia より一部抜粋、全文はリンク先を参照してください
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF
スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick, 1928年7月26日 - 1999年3月7日)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン生まれの映画監督。のちにイギリスに移住した。イギリス・ハートフォードシャーの自宅で心臓発作で息を引きとったとされるが、正式な死因は明らかにされていない。 キューブリックの死は監督作品「アイズ ワイド シャット」の試写会5日後の事だった。開業医を営むオーストリア=ハンガリー帝国に起源を持つユダヤ人[1]の両親の長男として、ニューヨークのマンハッタンで生まれる。少年時代は、チェス、ジャズに興味を持ち、特にカメラは、彼の経歴の出発点となる。ハイスクール時代のIQは平均以上だったが、成績は平均以下だった。

1946年、ニューヨーク市立大学シティカレッジに入学するが、すぐに中退。一時はジャズ・ドラマーを目指していたが、当時の大統領フランクリン・ルーズベルトの死を報じる一連の写真が写真雑誌『ルック』誌に売れ、見習いカメラマンとして在籍するようになる。
以下リンク先

フルメタル・ジャケットwikipediaより一部抜粋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88
『フルメタル・ジャケット』(Full Metal Jacket)とは、1987年のアメリカ映画で、ベトナム戦争を題材にした戦争映画。監督はスタンリー・キューブリック。
原作は、グスタフ・ハスフォードの小説『ショート・タイマーズ(英語版)』(用語の意義としては「短期現役兵」)。邦訳『被覆鋼弾』(意味は弾体の鉛を銅などで覆った弾のことである。詳しくは弾丸の記事を参照のこと)。日本での公開は1988年3月。

あらすじ
明確に二部に分かれた構成。前半では海兵隊訓練所で新兵が受ける過酷な訓練、後半では彼らのベトナムでの行動が描かれる。
ベトナム戦争時、アメリカ海兵隊に志願した青年たちは、サウスカロライナ州パリス・アイランドの海兵隊訓練キャンプで厳しい教練を受ける。キャンプの鬼教官・ハートマン軍曹の指導のもとで行われる訓練は、徹底的な叱責と罵倒、殴る蹴るの体罰が加えられ続けるという、心身ともに過酷を極めるものだった。さらに連帯責任による懲罰、訓練生の間で行われるいじめなど閉鎖的な空間で受ける社会的ストレスが次々と描かれていく。落ちこぼれだった訓練生レナードはこれにより精神に変調をきたし、卒業式の夜にハートマンを射殺し自らの命を絶つ。
厳しい訓練を耐え抜き一人前の海兵隊員となった彼らは、ベトナムへ送られる。テト攻勢の第一撃を受けた後、前線での取材を命じられた報道部員のジョーカーは、訓練所での同期であったカウボーイと再会し、彼が属する小隊に同行することとなる。ある日カウボーイたちは、情報部から敵の後退を知らされ、その確認のためにフエ市街に先遣される。しかし交戦地帯で小隊長が砲撃で戦死、さらに分隊長をブービートラップで失った上に敵の狙撃を受け、部隊は混乱する。

ハートマン軍曹
演 - R・リー・アーメイ海兵隊の訓練教官で、階級は一等軍曹。劇中前半の訓練シーンのみに登場する。厳しい教練で知られ、常に訓練生たちを容赦なく、品のない汚い言葉で罵り続ける鬼軍曹。出来の悪いレナードの面倒をジョーカーに任せるなど、隠れた優しさや配慮を見せるなど経験豊富な職業軍人。訓練所卒業前夜、M14を持ち出したレナードを諭すが、腹部を銃撃され、殺される。原作小説ではガーハイム砲兵軍曹[2]という名で、硫黄島での戦歴があるなど、映画とは設定が若干違う。

日本語訳
他のキューブリック作品でも多い例だが、キューブリック自身が本作品の字幕翻訳をチェックしている。当初、日本語字幕への翻訳は戸田奈津子が担当したが、ハートマン軍曹の台詞を穏当に意訳したため、再英訳を読んだキューブリックは「汚さが出てない」として却下、急遽、原田眞人が起用され作業にあたった。キューブリックが原文に忠実な翻訳を要求した結果、「まるでそびえたつクソだ!」など、日本語としては非常に奇妙な言い回しの字幕になり、かえって話題を呼び、さまざまなパロディが発生した。

撮影
アメリカとベトナムが舞台だが、イギリスで撮影された。そして原作の後半が省略されたこともあり、ベトナム戦争を扱った映画には珍しくジャングルでの戦闘がなく、主に市街地戦闘が描かれている。ただし原作ではフエ宮殿地域の邸宅群が舞台となっているのに対し、映画ではコンクリート建築が並ぶ街並みにアレンジされている。

配役
当初、訓練教官役への演技指導として、海兵隊の訓練教官を務めた経験のあるリー・アーメイが呼ばれたが、その迫力が余りにも生々しく圧倒的だったため、自ら訓練教官を演じることになった。劇中の台詞の半分は猥褻で下品なものが含まれ、さらに本人ばかりか出身地や家族まで徹底的にこき下ろしてしまう彼の罵詈雑言に出演者が怒りだすこともあったという。映画前半の訓練キャンプの描写は非常に有名だが、原作小説では全体の1/5程度を占める部分にすぎず、配給会社が用意した映画の予告編にも登場しない。ハートマン役の予定だったティム・コルセリは、降板させられたことが非常に不満だったという。代わりに演じた輸送ヘリのドア・ガンナー役では、ヘリから眼下のベトナム農民を片っ端から撃ち殺し「逃げる奴は皆ベトコンだ、逃げない奴はよく訓練されたベトコンだ」と言い、さらにジョーカーの「よく女子供が殺せるな」という質問に対しては「簡単さ、動きがのろいからな」と答え、「ホント、戦争は地獄だぜ!」と言い放つという、数分の登場ながら狂気に満ちた演技を見せた。

アイズ ワイド シャットwikipediaより一部抜粋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%BA_%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%89_%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%88
『アイズ ワイド シャット』(Eyes Wide Shut)は、1999年製作の映画。スタンリー・キューブリック監督の遺作となった。原作はアルトゥール・シュニッツラーの『夢小説』(1926年)。

アメリカでは本作にある性的シーンによってNC-17(成人映画扱い)に指定されている。また日本でもR-18(同じく成人映画扱い)に指定されている。

主演の2人に加え、結果的に監督の遺作となったという話題性も上乗せされて、7月以降のロードショーでは世界的なヒット作となった。

タイトルの Eyes Wide Shut は、英語の常套句 "(with) eyes wide open"(大きく見開いた目)をもじった、一種のナンセンスである。尚、当映画の試写会5日後に監督スタンリー・キューブリックは急死する。死因は心臓発作とされているが心臓発作の要因は不明とされている。
あらすじ[編集]

ニューヨークの開業医ビルとアリスの倦怠期を迎えている夫妻は、ビルの患者で友人のジーグラー夫妻が開いたクリスマス・パーティーに招かれる。このパーティでビルはピアニストであり旧友のニックと再会し、アリスはビルと別れて個別にパーティーを楽しむことにしたが、ビルは女性たちに誘惑され、一方でアリスはハンガリー人の紳士に誘惑される。その後、マンディという若い女性がドラッグを吸引し倒れてしまう。ピルの適切な処置でマンディは一命を取りとめたが、ビルはジーグラーによりこのことを口止めされた。翌晩ビルとアリスはふとしたことから口論になる。そこへ患者のネイサンソンが急死したという知らせが入り、ビルは患者の家へ向かう。しかし、その道中で、ビルはアリスが海軍士官とセックスをしているという妄想を抱き、懊悩する。

患者の死を見届け帰宅している最中に、ビルは再び妄想に取り付かれ、深夜のニューヨークを徘徊する。そこへ娼婦のドミノに話しかけられビルは彼女の家へ向かう。

その後、我に返ったビルは再び街をさまよう。たまたま見かけたバーでニックが演奏していることを知り、ビルは入店した。その後、ビルはニックがピアニストとして雇われている謎めいたパーティに行くことになる。

ビルは再び妄想に襲われながら、タクシーでパーティ会場へ向かった。しかし、そのパーティの正体は仮面乱交パーティーだった。その後、ビルは部外者であることが露呈し、会場を追い出されてしまう。

翌日、ビルはニックのホテルへ向かったが、ニックは何者かに連れ去られた後だった。ニックの足取りを追うためにパーティーのあった邸宅へ向かったが入り口は閉ざされていた。そこへ執事がやってきて何も言わずに封書を渡した。中には「これは2度目の警告だ。これ以上詮索するな」と書かれていた。

その後、ビルはドミノの家へ向かった。同居人の話からドミノがHIV陽性であることがわかった。

不審な人物に尾行されていることに気づいたビルは喫茶店へ逃げ込む。そこで読んだ新聞に、ミスコンの前女王がドラッグの過剰摂取で倒れたという記事が載っていた。ビルは搬送された病院へ向かい医師の立場を利用して女性に面会しようとするが、既に死んだと聞かされた。ビルが安置所で対面した遺体はジーグラーの家で命を救ったマンディーであり、そして昨日のパーティーでビルの命を救った謎の女性だった。

その時、ジーグラーからの電話が鳴った。彼の家へ向かうビル。ジーグラーはパーティーの参加者であり、パーティーの後でビルを尾行させたのも、ニックを連れ出させたのも自分だったと明かす。ビルはマンディーを殺したのかと問い詰めるが、ジーグラーは「普段から中毒であり時間の問題だった」と告げた。全てはビルを脅してパーティの秘密を守るための狂言だったのだ。

身も心も憔悴して帰宅したビル。眠るアリスのベッドに倒れこみそうになるが、アリスの横には無くしたはずの仮面があった。ビルは泣き崩れ、アリスに全て話すと言った。

ビルとアリスは娘と一緒にクリスマスプレゼントを買いに来た。賑やかなデパートの中を走り回る娘。いつしか夫婦は二人だけの会話に没入していた。色々あったけれど、生きて帰ってきたことに感謝すべきと語るアリス。そして夫婦の絆を確かめ合うために、今すぐしなければならない大事なことがあるという。「それは何だい」と聞くビルに、アリスは言った。「ファック」。

製作

キューブリックがこの作品の映画化を志したのは、1970年代にまでさかのぼる。1972年には映画化権を取得するが、他作品の制作などに忙殺されるなどにより実現が危ぶまれた。1990年代に入りようやく制作が本格化し、共同脚本家に『ダーリング』でアカデミー賞を受賞したフレデリック・ラファエルが起用された。なおキューブリックは当初、作者と題名を伏せた原作をラファエルに送ったものの「古臭い内容だ。まさかシュニッツラーか?」との返事を受けた。2人によって内容は現代劇に改められ、またキューブリックの意志で儀式の描写が作品の要になることも決定した。

1995年12月、ワーナー・ブラザーズは「キューブリック監督が新作を制作する。夫婦の嫉妬をテーマとした作品でタイトルは『EYES WIDE SHUT』、主演はトム・クルーズとニコール・キッドマンである」と発表した。私生活上でも夫婦であり、共に大スターでもあるクルーズとキッドマンの共演は大きな注目を集めるが(2人の共演は結婚後『遥かなる大地へ』から数えて2回目だった)、それゆえに「完璧主義の監督に、多忙なスターが合わせられるだろうか?」などと完成を疑問視する向きもあった。キューブリックは過去に、制作が中断した作品がいくつかあることも不信を高めた。

1996年11月から撮影が始まるが、キューブリックの意志により秘密裏に進められたため、その内容も全く外部へは知らされなかった。キャストの交代などにより撮影は長期化し、1998年4月まで延々400日以上に及ぶギネス記録となった(後述)。なおクルーズ夫妻はこの作品に臨むため、ロンドンへ移住していた。

撮了後はキューブリック1人の手で編集が行われる。音楽は、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの『ジャズ組曲 第2番 ワルツ2』(当時の名称)とジェルジ・リゲティの『ムジカ・リチェルカータ』が用いられた。

1999年3月2日、キューブリック、クルーズとキッドマン、WBスタッフの4人による極秘の0号試写が行われるが、5日後の1999年3月7日にキューブリックは急死する。その直後にキューブリック自身が手がけた予告編が公開された。

ロケ地

本作ではクリスマス期のニューヨークにおける華やかな街の景色と寒々とした気温が巧みに表現されているが、キューブリック監督が極度の飛行機嫌いであることから、「フルメタル・ジャケット」同様すべてイギリスでのロケおよび大規模スタジオ撮影で再現されている。

加えてキューブリックは完璧主義な監督であったため、撮影に集中させようとしてトム・クルーズとニコール・キッドマンをイギリスに一年滞在させたいと考えた。この監督の要望に応えたいクルーズと、家を空けたくないニコールとの間に軋轢ができ、それが離婚の原因になったと言われる。なお、主演夫婦には当初、コメディアンのスティーブ・マーティン夫妻がキャスティングされていた。実際キューブリック邸での台本読みにも夫婦で参加している。

イギリスでのロケによるためか、所々に欧州仕様のままの自動車が登場する。これらはアメリカ仕様車とは外観の一部が異なっている。例として、ニューヨーク路上での三菱ミラージュやメルセデス・ベンツ、パーティー邸宅でのロールス・ロイスなど。

豆知識
主人公ビルとアリス夫妻の姓「ハーフォード」はハリソン・フォードのもじりである。
ビル(トム・クルーズ)がニック(トッド・フィールド)の演奏を観に訪れたバーには、キューブリック監督本人が客として映っている。

yahoo映画のユーザーレビューより抜粋、一部下品な言葉が含まれます
Eyes Wide Fuck2011年7月2日 21時27分
http://movies.yahoo.co.jp/movie/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%80%80%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%89%E3%80%80%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%88/85193/review/Eyes+Wide+Fuck/141/?c=36&sort=lrf
ちょっと長めの映画ではあるが、キューブリック的な結論ははっきりしているのであって、それはラストのシーン、クリスマスの買い物をするという、至って日常的現実的な場所で交わされる夫婦の会話、つまり、

「それ」が現実であろうと夢であろうと、私たちは「それ」をうまく切り抜けてきた、真実なんてわからない、といって夢もただの夢ではないかもしれない、でも私たちはめざめている、これからもめざめたままでいたい…永遠に、永遠なんてコトバは私を不安にする、でも私はいまあなたを愛している、だからいますぐやらなきゃならないこと、それはファックよ!

この映画全体は「それ」の映像であり、夫婦の疑心暗鬼の時間である。
この明快なキューブリック的セオリーに乗って作られたのがこの映画だ。
夫には夜の街をさまよわせ、妻には悪夢が襲ってくる。夫がひと夜に経験した現実と、帰宅後、妻の語る悪夢とは奇妙な整合性をもつのである、というか、もたせている。

街に出れば、恩師の娘、街角の女の子、貸し衣装やの娘と、いろいろな性の誘惑はそこここに転がっている。妻の告白話が気になる夫は、ついつい関係をもちそうになるがそれを自制しながらも、ある秘密クラブに関心をもち、実はそれが、特異なルールとしきたりをもつ有閑階級の秘密結社であり、実態は選ばれた全員が仮面をつけた風俗クラブなのであった。

他の女性が代わりに犠牲になることで夫は難を逃れ、街角の女の子と関係することもなく、その夜のできごとがあたかも夢であったかのように描かれる。
次の夜帰宅した夫が目にしたものは、なくしたと思っていた仮面をそばに置いて眠る妻の姿であり、その光景を見て自責の念にかられた夫はこのひと晩のことをすべて妻に話すしかなかった。

この映画もまた『シャイニング』のような空間の広がりや色使いであるが、さらに特徴的なのは光の使い方であろう。
夫婦の住居からパーティー会場の大広間にいたるまで、妻が告白話を切り出すまでは、ライトの光も強く美しい。
豪華絢爛たるセットはキューブリック好みの家具や飾りが華やかで、カーテンやベッドカバーなどの色使いも『シャイニング』並みだ。

前半の山は、このストーリーを滑り出させるきっかけとなる、夫婦の会話で、妻役のニコール・キッドマンの演技がうまい。後半、悪夢を話すときの薄明かりの中でのキッドマンの演技もいい。

『2001年宇宙の旅』でも使われたリゲティや、ショスタコーヴィッチのワルツ曲などをうまく取り入れ、華やかさと不安な音をうまく対比させている。乾いた単音のピアノの音は、シンプルなだけに不気味な響きを放っている。

全体的にはややスローテンポではあり、それは考えたうえでのことと思う。なぜなら、一言にしていえば夫婦それぞれの疑心暗鬼を、夢のような現実として描くためには、忙しいテンポでは表せなかったのだろう。

冒頭が長い、つまり、妻の告白までが長い、という批判もあるようだが、女が気を失うというのは後半にかかわることであり、妻が、声をかけてきた男と濃厚なダンスを踊りながらも誘いを断るのは、欲求不満の状態から告白話をさせるのに必要だし、後半とのバランスもあるように思われる。
冒頭、用を足す妻のシーン、オカマっぽいホテルのフロント、貸し衣装やに隠れていた二人の中年の(たぶん)日本人、などは、ご愛嬌だと思う。
夫たる者は、秘密クラブで仮面をつけてファックするのも危険なら、街角の女の子とヤルのも危険だし、妻とヤルべし、いま目を開いて生きているなら、夫婦がファックで愛を実感するのが何より大事で、ファックは愛の究極の姿なのだ、
というところだろう。
Eyes Wide Shut というタイトルも、そのへんを象徴してのことだろう。
しかし、この映画、やはり、キューブリックのつくる映像世界を観る映画なのですね。
スポンサーサイト
プロフィール

nowhere

Author:nowhere
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。