スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本版rolling stone 

http://xbrand.yahoo.co.jp/category/entertainment/9502/1.html
ASKA
アコギ一本でもロックできる

 
圧倒的なヴォーカル、そして包みこむような声で、聴く者を歌の世界に引き込む──。ASKAの歌の世界観はさまざまだが、どこかに日本の原風景を感じる。その景色は抽象的な風景ではあるが、それゆえに大きな物語を感じる。今、日本にはこうした大きな物語がずいぶん少なくなった。それは未曽有の悲劇となった震災だけのせいではないだろう。

ASKAはそんななか、時代に寄り添いながら、自分の歌を歌い続けてきた。10月17日にリリースされた、実に 7年ぶりとなるオリジナル・アルバム『SCRAMBLE』でも、その根本は変わらない。今回は、1万字に及ぶロング・インタヴューのダイジェスト版をお送りする。インタビュー全文はローリングストーン日本版11月号で、是非チェックしてほしい。
 ASKA
アスカ ○ 1958 年、福岡県生まれ。79年、CHAGEと共にチャゲ&飛鳥としてデビュー。90年代には、「SAY YES」、「YAH YAH YAH」などのダブル・ミリオンセラーをはじめ、数々のヒット曲をリリース。国民的アーティストに。2009 年、CHAGE and ASKA は無期限活動休止に。ソロとしては 87年にデビュー。前後してソングライターとしても、数々のヒット曲をさまざま なアーティストに提供する。2012年 10月17日に、7年ぶりとなるオリジナル・アルバム『SCRAMBLE』をリリースした。
 
フォーク系に入ったのは、井上陽水さんがきっかけ。 僕の生活の一部をあっと言う間に埋めてしまった


──ASKA少年が音楽に惹かれたのは?

「最初に惹かれたのは歌謡曲です。いわゆるロックではなく、ブルーコメッツとか石田あゆみさんとか加山雄三さんとか……。つまりメロディのきれいな楽曲が好きでした。 高校時代には映画のサウンドトラックを聴いてました。僕が初めてフォーク系に入った のは、井上陽水さんがきっかけです。それまで聴いてきた音楽とは、あきらかに違うっていう感覚。それが新鮮で、僕の生活の一部をあっと言う間に埋めてしまった」

──ロックには傾倒しなかったんですか?

「確かにクラスメイトには、洋楽ロック志向のヤツらが多かったです。でも僕はロックではなく、日本のフォークが好きだったんです」

──それはなぜ?

「大した理由はなく、ただ単にひとりでやってたからにすぎないです。バンドを組むようになると、必然的にロックを意識するようになって、自分のなかにも『ロックしようぜ!』みたいな感覚があることに気がつきました。それ以前にも何かを形容する時に『ロックっぽいね』って言ったりしてましたけどね。ある種、褒め言葉として。『いろいろあるけど、今回はロックでいこうぜ!』とか。今思えば、言語明瞭・意味不明なんですが、それで解決してましたから(苦笑)。ロックという言葉は幅も広いし、奥も深いんでしょうね。それで相手に通じてしまう。極端な話、アコギ一本でもロックできるし」

──確かに不思議な言葉ですよね。ところで、ASKAさんが最初に作った曲はどんな感じだったんですか?

「それはとても言えないです(笑)。コードを3つくらいしか知らない時に、もう曲を作ってましたから。僕、ギターをコピーするっていう経験がないんですよ。普通はギターが上手くなりたいから、コピーしたりするところを、僕はコードを3つ覚えたらその3つで曲を作って、4つ覚えたら4つで曲を作ってたんです」

──その時から、今のASKAさんの歌声だったんですか?

「最初はやっぱり、誰かの物真似だったと思いますよ。でも、歌いやすいように歌っていくと、いつの間にかそれが自分のオリジナリティになっていくんですね。アマチュアの方に『歌唱のアドバイスを』ときかれると、『似てようが似てまいが、何やったって誰かに似てるって言われるんだから、気にしないで好きなように演ったほうがいいよ』って答えてるんです。そのうち絶対、演りたいようにしかできなくなるから、って。 そこがオリジナルなんだよ、って。スポーツでもなんでもそうだと思うんですけど、この人みたいなパフォーマンスをしたいと、最初はだいたい真似から入るじゃないですか。 そうすると、本当に指の先からしっかり研究しますよね。それを続けていって、同じような感触が自分のなかに生まれた時に、“似ている”というところから自分のなかにあった“自分のスタイル” が完成されていくんだと思います」

──ASKAさんは誰に似せようと?

「最初は陽水さんみたいに歌いたいって思いました。でも自分と陽水さんの声には大きな開きがあったので、今と同じとまでは言えませんが、すぐに自分の歌いやすいスタイルになりましたね」

──自分のスタイルに辿り着いた時ってわかるものですか?

「しっくり来るし、スタイルが確立されるとお客さんが付き出すんですよ。お客さんが来てくれると自信も出てくる。学生の時ですけど、そうなってからは、僕、ギター一本もって学祭に行って、『出させてくれ!』って交渉してました。アコギ一本がスタイルでしたから」
.


──90年代に爆発的なヒットで相当なお金を手にしたと思うんですが、何か変わりませんでしたか?

「あんまり気にしなかったですね。それよりも、世のなかが振り向いてくれた以上、通りすぎ去る時が来るわけで、そっちのほうが心配だった。今考えてみれば、いちばんピークだったあの頃にいちばん恐怖を感じてました。これ以上上がって行くには、海外なのかなって思ったり……。モチベーションの上げ方を模索してましたね」

──その恐怖はどうやって解消したんですか?

「いや、いまだに同じ気持ちでいますよ。ただ、物事に完成はないと思えた時に、いろんなことがスッキリしましたね。完成ってないですもん。時間があれば時間がある限り、作業してますしね。結局、最後は全部、時間が引導を渡してくれる。時間と命は同じなんでしょうね」

──時間=命ですか。深いなぁ。

「時間=命を費やして深みに入るってことは、いろんな感覚を身に付けるってことで、 その感覚を身に付けた者同士じゃないとわからないことってあると思うんですよ。『キレイだね』と言うと、本当はその“キレイ”のなかには、いろんなものが含まれている。でも世のなかには表面だけしか流れない。それをその時々で“流行”と言ってるだけで。 その深いところには、表面にはないことがたくさん眠ってるはずなんです。そこに気付いていくってことが、作り手としては大切にしたいところなんです」

──ASKA さんの歌は、ヒットチャートに入っていてもその“深いところ”にあるものですよね?

「今はそうだと思います。スタイルやジャンルを超えてもっと入っていこうと思った時に、どんどん自分のなかで厳しくなっていくんですよね。もっと楽にやればいいんでしょうけど、もう無理ですね」

──なるほど。ちょっと突飛なことをききますが、音楽で世界を変えられると思いますか。

「それは考えてないですね。変わらないですし。今は特に。ひとりになった時に聴いてみようと思えるような、そういうシンガーのひとりでありたいって、自分では思ってるんです」

──それがミュージシャンASKAの幸せ?

「僕は幸せと解放って同義だと思ってるんです。どんなことをやっていても必ずルールがあり、そのなかで最高のものを打ち出そうとする。でも、その縛りが外された時の解放感って大きくて、そこが初めて幸せを感じる時じゃないかと思うんです。だから解放と幸せは同義なんです。僕が音楽をやっているのは、解放に近づくため、ということもあるでしょうね。ライヴで、『あの瞬間、イったよな』って感覚があるでしょ? 『あの瞬間』っていうのは解放なんですよ。音楽でハイになって、解放を得る。その解放のために、自分たちはステージで道順を作っているんだって」

──その一瞬を目指して。

「一瞬が来てしまえば、後はもう宇宙しかないですもん。もう膜は破ったわけで、後は何もない。ダダ漏れの幸せ」
.
 

──ところで、声の調子が一時期悪かったそうですが、今はいかがですか?

「ほとんど戻りましたね。8年くらい、喉を壊してましたから。周囲からも休養をすすめられたんです。4~5年、歌わない時期を作ってもいいからと。ただ、歌い続けなかったら普通の人の声になってしまうような気がしたんですよ。僕の声はガサガサなんですけど、かなり高いほう、上まで出るほうなんですが、あの時はあぜんとするくらい出なくなってしまった。それでも、僕はツアーを選んだんです。3年間で4回のツアーをやりました。ここで休むと本当に歌えなくなるんじゃないかという恐怖がありました。壊れているけど、これでも必ず形はできるはずだと信じてやったんです。結局、あのツアーはやってよかったですね。歌いながら治していきました」

──もう無理だ、歌いたくない、歌えないとはならなかったんですか?

「それでも声が出なくなり、もしかするとこれは戻らない症状なのかもしれないと思った時もありました。あっさり辞めたほうがいいのかもしれないと考えた時期もありました。でも、制作に入ると曲はできていくわけで、どうあれ自分のなかで音楽は絶対外せないなと。でも一瞬ですよ、そういうことを考えたのは。よっぽど弱気になってたんでしょうね」

──ところで、ASKAさんってラヴソングをいっぱい書くじゃないですか。その時って恋愛してるんですか?

「その時その時に浮かべる女性像がありますね。聴いてる方はひとつの像だと思うんでしょうけど、自分のなかでは今回はこの人を歌っているとか、今度はあの人を意識してみようとか、時々で変わります」

──ですよね(笑)。では、ASKAさんにとって愛とは?

「さっき話した“解放”に似てるんですけど、例えば自分が原因で恋人にトラブルが起こったりした時に、どうすれば相手が許してくれるかを考えるようであれば、それは愛ではないと思います。どんなことがあっても全部OKだと思ってくれる、そして自分もそう思う、すべてにおいて縛りがない。それが愛。自由と愛と幸せって似てますね」

──なるほど……。今回のアルバムの最後の曲は「僕の来た道」という、今までの自分を振り返る曲ですが、今ASKAさんが見ている次の景色はありますか?

「本当は 30歳をすぎたら、音楽なんてやってないだろうと思っていましたからね。やれてないと思ってましたから。矢沢永吉さんですら『30すぎてまでロックなんてやってられないぜ』というようなことを話してたし。ところが、『矢沢さん、あの言葉はどこ行ったんですか?』ってくらい、音楽を続けるという意味において、先輩がその位置をどんどん上げてくれている。自分がどうなっていくかは、先人が切り開いていくのを見習って、自分なりにまた切り開いて歩いていくんだろうなと思いますね」
.

SCRAMBLE

SCRAMBLE
ユニバーサル・シグマ
発売中
.
http://xbrand.yahoo.co.jp/category/entertainment/9502/1.html

政治はロックだ ASKA表紙
http://ecx.images-amazon.com/images/I/51WgkFU64tL._SL500_AA300_.jpg
http://www.amazon.co.jp/Rolling-Stone-%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3-2012%E5%B9%B4-11%E6%9C%88%E5%8F%B7/dp/B009GKA1B8

Rolling Stone (ローリング・ストーン) 日本版 2012年 11月号 [雑誌] [雑誌]

ローリングストーン日本版 | 雑誌 | 株式会社セブン&アイ出版
http://www.7andi-pub.co.jp/magazine/rollingstone/

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

nowhere

Author:nowhere
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。