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創価学会員達が集団ストーカー行為を止められない、たった2つの理由CommentsAdd Star

注)個人のブログより転載です。

2013-09-16
http://d.hatena.ne.jp/KUDO/20130916/1379344090


創価学会とは何か
作者: 山田直樹
出版社/メーカー: 新潮社
発売日: 2004/04/15
メディア: 単行本
購入: 2人 クリック: 66回

http://d.hatena.ne.jp/KUDO/20130916/1379344090

創価学会員達が集団で特定の人に対して付きまとい等の嫌がらせ行為を行う事案は、全国で報告されています。刑事事件に発展した事案も少なくありません。

 以前は、脱会者に対して集中的に嫌がらせが行われていました。そういう人たちを救済する団体もあります。

 しかし、最近では、特に脱会者ということではなく、彼らとちょっとしたトラブルがきっかけとか、果ては、○○が生意気だからとか等、殆ど無差別に行われているようです。

 中でも厄介なのは、刑事事件に発展しない、ちょっとしたつまらない嫌がらせを何年も受け続ける事案です。

 こういう事案の最大の難点は、加害者側の心理が一般の人に理解されず、被害者の一方的な妄想とされてしまう点です。

 普通の人は、

 「金銭的に何ら利益を得られないにも関わらず、自分の時間を割いて、嫌がらせを何年にもわたって続けられるわけが無い。」

 と、考えます。ごもっともです。

 ただし、中には病的に嫌がらせを行い、逮捕される人も実際に存在します。

 精神に問題がある人がこういう行為に及ぶのは一般の人にも理解できます。

 ごく普通の人に、面識のない人に対し、何年も嫌がらせをするなんて事は可能なのでしょうか?

 私は、条件が整えば、可能だと思います。

創価学会員達にとって、ストーカー行為(イジメ)は「生きがい」である!

 ストーカー行為というのは、小さな「イジメ」の積み重ねです。

 「イジメ」は、暴力なのです。だから、

 ストーカー行為は、小さな暴力の積み重ね

と言えます。

 集団ストーカー行為というのは、特定の人に対し、集団で付きまとい、行動を探り、機会が有れば近づいて、おかしな言葉を仄めかしてみたり、ぶつかってきたりなどのくだらない行為を積み重ねて行う事です。

 この時に被害者が何らかの反応を見せると、加害者達に「勝った!勝った!」と興奮させてしまうのです。

 この時の反応が物足りなくなってくると、徐々にエスカレートしてきます。

 通っている学校や会社の学会員達がおかしな噂を広めだします。噂と言うのは複数の発信元が同じ内容を発信した場合、真実味が出てしまうので、非常に厄介なものなのです。

 中には本気にしてしまう人も必ず出てきます。 

 また、身近な人間が会員という場合も非常に厄介です。先輩や上司の場合はなおさらです。

 後述しますが、「イジメ」というのは、不思議な力が有りますので、一般の人を加害者に引き込むのも容易なのです。

 しかし、殆どの人は日常的に付きまとわれても、それほどに気ならないかもしれません。そういう場合は、更にエスカレートします。

 私の場合は、近所に引っ越してきて、夜通し騒音などの嫌がらせを仕掛けられています。

 集団での「イジメ」は、ヒトの厄介な本能を呼び覚まし、暴走を招く、危険な行為なのです。

 人には、「暴力を楽しむ」本能が備わっているのです。

 1対集団という、絶対的優位な立場(非対称性)を前提に、ノーリスクでちょこちょこと小さな嫌がらせを仕掛けていく事が、この本能を呼び覚ますスイッチになっているわけです。

 この本能が呼び覚まされると、脳内では「ドーパミン」という快楽物質が分泌されますので、快楽を感じてしまうのです。更に、この行為自体が習慣化します。

 だから、こういうネタ(いじめる対象)があれば、創価学会員達は積極的に参加するし、この行為が長続きできるように皆で力を合わせて努力も惜しみません。

 また、出来るだけ多くの会員で楽しみを分かち合おうとして、こういう情報の共有も積極的に行われます。

 全て、「暴力を楽しむ」本能から由来する行動なのです。

 「イジメ」行為自体に罪悪感が伴わなければ、「やりがい」や「生きがい」を感じる事が出来る事は殆ど知られていませんが、事実です。更には、これを「ライフワーク」にすることもできます。まさに「癒し」なのです。

 創価学会は、人のこういう本能を積極的に活用して、信者達を上手に利用しているのです。

 目的は、もちろん上層部の私利私欲の為です。これがカルト集団共通の境地でもあるのです。

 ところで、創価学会員達には罪悪感を感じることなく、心から「イジメ」を楽しむ事が出来るのでしょうか?

病的な被害妄想による過剰防衛

 まず、普通の日本人は、自分たちは色々な事があるにせよ、基本的に自分は安全だと感じています。

 また、周りの人達を基本的には信じています。

 周りが敵だらけだと考えている人は、少数派であり、精神的に病んでいる人とみなされます。

 ところが、創価学会員達は違います。彼らにとって、非創価学会員は敵でないにしても、味方ではありません。中には敵もいるかもしれません。

 彼らが行うべきことは、これら非創価学会員達を折伏して、広宣流布を実現させることです。

 (広宣流布の実現=究極の原生利益追求の達成)

 広宣流布に手段は選びません。暴力も許されるのです。(少なくても池田大作はそのように言っていました)

 もしも、広宣流布を阻む法律が有れば、その法律を直さなければなりません。その為の公明党なのです。

 広宣流布を阻む的も沢山出現します。これらの敵は徹底的に叩き潰さなければなりません。

 地域の有力者○○の息子が学校でイジメられれば、イジメた子供の一家はきっと将来学会を妨げる存在になるかもしれないので、やはり早めに叩き潰しておく必要があります。

 これが創価学会員達の世界観です。

 少し大げさかもしれませんが、創価学会員達は小さなときからこういう風に教育されてきています。

 毎日配達される聖教新聞にも書いてあります。「××を許すな!」「○○大勝利!」


 そういう理由で、創価学会員達にとっての「イジメ」は防衛行為なのです。極端な例では、「先生を守らなきゃ!」として、殺人が行われた事も有ったようです。

まとめ
•創価学会員達にとって、ストーカー行為(イジメ)は「生きがい」である
•病的な被害妄想による過剰防衛

 この二つは、いわば、創価学会の集団ストーカー行為の両輪です。

 どちらか一方が欠けても、また小さくても、真っ直ぐには進みません。

 この両輪がそろっているので、どこまでも真っ直ぐに進み続けるのです。

 余談ですが、目的達成の為に、暴力も厭わない彼らの姿勢は、「暴力団」とも共通しています。

 ただ、彼の暴力の仕方は、「小さく目立たない暴力を大勢で時間をかけて積み重ねる」点が異なります。

 創価学会の用いる暴力は、色々な場面で汎用的に使えます。ただし、文字通りパンチに欠けます。

 そう考えると、暴力団の用いる暴力と補完関係にあるとも言えます。互いに連携している理由はここにあるのです。
お願い

 もしも、創価学会員達の嫌がらせ行為をみかけたら、どうか、それに加わらないでください。

 しかし、あからさまに注意をする事も禁物です。貴方がやられてしまいます。

 やんわりと、「あれ、やってるの!」と、少し馬鹿にしたような感じで声をかけてあげて下さい。

 同時に、彼らがこういう事をよくやっている事を、皆に広めて下さい。

 皆に周知されれば、彼らも、こういう、いやらしい行為をやりにくくなるでしょう。そうなれば、被害者も徐々に減ってい行くはずです。

 

 地域の「民度」が低いと、創価とヤクザは好き勝手に行動できます。

 ヤクザがいないからと言って、「民度」が高いとは限りません。お金があまりない地域ではヤクザは活動しません。

 いずれにしても、地域の「民度」を上げていく事も大切です。

 
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