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マイティ・ハート/愛と絆

http://www.cinemaonline.jp/review/kou/1137.html
映画ジャッジ
パキスタンで誘拐・殺害されたジャーナリストとその妻を描く実録社会派映画。アンジーの熱演が見所。(70点)
 2002年、パキスタンのカラチで取材中のウォールストリート・ジャーナルの記者ダニエル・パールが誘拐される。妊娠中の妻マリアンヌと友人たちは、地元警察やFBI捜査官らと共に、全力で捜査を開始するが…。

 数々の話題作を配給してきたUIP映画。メガヒット「JAWS/ジョーズ」、名作「レインマン」、最近では、華麗な「ドリームガールズ」や大ヒットSF「トランスフォーマー」などで洋画を牽引してきた存在だ。大作のイメージが強いが「ユナイテッド93」のような小規模な秀作もUIP映画の作品である。この伝統ある配給会社は、2007年末で日本での37年の歴史を閉じる。前置きが長くなったが、同社の最後の配給作品になるのがこの「マイティ・ハート/愛と絆」だ。ブラッド・ピット製作、アンジェリーナ・ジョリー主演と聞けば華やかだが、作品は意外なほど地味で硬派な社会派映画である。英国の実力派マイケル・ウィンターボトム監督は、記録映画のような生々しさと、叙情的な美しさを作品に込めながら、アルカイダと推察されるテロリストによる誘拐事件を、夫の無事を信じ続ける妻の強い愛情を中心に演出した。

 映画の最大の魅力は、マリアンヌを演じるアンジーの、静かな熱演だ。平和活動家でもある彼女には、思い入れの強い役柄だろう。映画製作中にアルカイダから脅迫状が幾度届いてもそれに屈せず、作品を世に出した勇気と、恋愛もアクションもない地味な作品に、損得抜きで全力投球した熱意は本物だ。マリアンヌは、夫が誘拐された時、妊娠5ヶ月。どれほど不安だったか想像もできない。心身ともに極限状態にありながら、決してあきらめない意思の強さは並み外れたものだ。彼女を支えたのはおなかに宿る小さな命。子どもの存在は、それだけで女性を何倍も強くするのだと改めて思う。だが、そんなマリアンヌが、心がくじけそうな時「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えるシーンは、感動していた気持ちに水を差した。日本と欧米における創価学会のイメージの差異はひとまず脇に置くとして、実際、宗教はこの誘拐事件を必要以上に複雑にしている悪しき要素なのだ。パキスタンは国民の大半がイスラム教徒。そこにはアルカイダの極端なジハード思想も存在する。おまけにダニエルは彼らが忌み嫌うユダヤ系だ。当時の国際情勢も、インドと敵対するパキスタンの思惑や、アメリカとの関係性など、一筋縄ではいかない。宗教と政治がからみついた時、歴史は常に悲劇を引き起こしてきた。なるほどパール家では、異なる人種や宗教が共存するが、それはごく小さな特殊な世界のこと。神頼みするほどの窮地なのは分かるが、この事件の渦中でジャーナリストが宗教にすがる心情は納得できない。

 どこかスッキリしないこんな思いを一気に吹き飛ばすのが、物語後半に登場するマリアンヌの2つの叫びだ。まず、夫の命が遂に尽きたと知ったときの身を絞るような慟哭(どうこく)。言葉にできない悲しみがスクリーンににじみ、結果を知っていても涙を誘う。もう一つは出産時の生みの苦しみの叫び声だ。激しさは同じだが、死と生、絶望と希望が、表裏一体で呼応している。共にジャーナリストであったダニエルとマリアンヌのパール夫妻は、危険な取材には何度も遭遇しているだろう。色々な意味で、覚悟がなければ務まらない職業で、マリアンヌは今もフランスでこの仕事を続けている。憎しみに負けなかった一人の女性を通して映画が語ったのは、混迷の時代を生きる難しさだ。だが、同時に見えるかすかな希望を私たちは見失いたくない。

『マイティ・ハート/愛と絆』55点(100点満点中) 超映画批評
A Mighty Heart 2007年11月23日(祝/金)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズ他にて全国ロードショー 2007年/米/1時間48分/配給:UIP映画
http://movie.maeda-y.com/movie/01000.htm
社会派というより宗教プロパガンダ

『マイティ・ハート/愛と絆』は、ある理由により妙に腰の落ち着かない映画となった。
フランスのラジオ局記者のマリアンヌ(アンジェリーナ・ジョリー)は、ウォール・ストリート・ジャーナル特派員の夫と二人、パキスタンにやってきた。だが、この国での最後の取材にでかけた夫ダニエルが、夜になっても戻ってこない。彼は、そのまま神隠しにあったように消えてしまった。やがて夫婦の事務所兼自宅には、現地捜査官やアメリカ領事館のスタッフ、夫のインド人の部下など、さまざまな人種、文化的背景を持つ人々が集結。ダニエルの救出というひとつの目的に向かって、全力をつくす体制が整いつつあった。
この作品は実話をもとにしている。ダニエル・パール誘拐事件は、その後の驚きの展開や奥さんの意外な発言などから、今では全米中に知れ渡っている。そこでブラッド・ピットが映画化権を買い取り、私生活でのパートナー、アンジェリーナ主演で映画化した。
ただこれ、社会派映画というよりはもっとスピリチュアルな、他者を赦す心の崇高さや、立場を超えたつながりのようなものを賛美した作品になっている。よって当時のパキスタン情勢など、そうした社会的な側面からのアプローチによる作品解説はあまり必要ないかな、という気がする。
それよりも、愛する家族を理不尽な形で突然さらわれながらも、あきらめず、内にこもらず立ち向かったある女性(しかも妊娠6ヶ月という状況で)の態度から、テロリズムにどう対峙すれば良いかのヒントを得ようとする方が見方としては適切だろう。なにしろそのやり方は、アメリカを始めとする国際社会が取っているタテマエの態度とは、大きく異なっている。
手持ちカメラによる臨場感をよく生かして、テロリストたちの恐さを生々しく伝えてくるし、ドラマも抑制が効き映画としてはよくできている。マイケル・ウィンターボトム監督はこの間まで、アメリカにいじめられるパキスタン人という、この映画とは反対に近い内容の映画を作っていたのだから、色々な意味で器用人である。
ただ、そんなこともあってかこの映画からは、作り手側の確固たる信念というものがあまり感じられない。ヒロインを演じるアンジェリーナ・ジョリーはモデルとなったマリアンヌ・パール本人と友人同士ということもあり、とにかく彼女に気に入られたいという様子。キューバ系とオランダ系のハーフであるマリアンヌ役を、全然違う自分のオンナに与えてしまうプロデューサーのブラッド・ピットのやり方も、なにか仕事以上の関係を思わせる。
このカップルは本当にこの事件に入れ込んでいるんだろうと思うが、その思い入れは被害者たちに向きすぎて、信念でなく妄信のような薄気味悪さを感じさせる。
やがて、劇中でアンジェリーナがお題目を唱える場面をみて「ああ、なるほど」と合点がいった。私が本作から感じた違和感は、カルトや新興宗教を妄信する人たちから感じるそれに近いものがあるのであった。おそらく実際のマリアンヌは熱心な創価学会の信者で、だからこそ事件後にあのような行動を取れたのだろう。その行動自体はたしかに立派に見える。
イスラムに誘拐されてひどい目にあわされたユダヤ人夫の妻は創価学会員。多くの日本人はこうした本作の宗教的背景を知ると、いかに「いい話」とはいえ、素直に受け入れがたいのではないだろうか。
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